【第326話】フェマスの大戦12 ブートストの意地
ーーーまずいなーーー
ブートストは苦戦を覚悟した。奇襲を仕掛けたこちらの兵数は、3000と決して少なくはない。
だが、第10騎士団どもの対応が想像以上に速やかだ。この展開をある程度想定していたのか。
だが我々とて無策に突撃した訳ではない、言うなればここにいる3000の兵の全てが囮である。騒ぎを聞きつけ、陣幕から将官が飛び出してくるのを見て、ブートストは口角を上げる。
ーーー炙り出されてきたか! さて、本命はどうだ?ーーー
手近なルデク兵と交戦しながら、視線の端で陣幕の動きに注視していると、見慣れぬ黒い鎧を纏った将が飛び出してくる。
あれだ! ブートストは確信した。あれがレイズ=シュタインの後釜か! 武器を交えていた兵士を押し倒し、ひと突きすると、ブートストは猛然と黒い鎧の将に向けて走り出す!
「ロア!!! ロア=シュタイン! 貴様の首は俺がもらう!!」
大声を上げながら近づけば、ロアとブートストの前には多数の兵が集まって来る。それを確認してから、ブートストは一転、ロアから距離を取り始めた。
「追え!! 逃すな!!」
そんな声を背中に聞きながら、ブートストは一目散に逃げてゆく。
ーーー散々お膳立てはしてやった、あとはお前次第だ、ヒーノフよーーー
ブートストにとってヒーノフは非常に微妙な関係の相手である。元を正せば、憎きルデクの将の一人。だが同時に、第10騎士団への感情という点においては、多くの部分で通じるものがあった。
ロアを守る守備兵達は、完全にブートストに気を取られていた。頃合いである。
「ああっ!! 副団長が!!」
兵士の悲鳴のような声が聞こえ、ブートストがようやく背後を振り向くと、黒い鎧を纏った将が倒れる姿が確認できた。上手くやったようだ。
あとは、再び崖を下って川沿いに一目散に逃げるだけだ。リフレアは勝ち、俺たちは旧領回復の好機を得る。
そのような未来図を描いたのはわずかな時間。ブートストは信じられぬものを目撃することになった。
ーーーなぜ、なぜ同じ鎧を纏うものがもう一人いるのだ!?ーーー
ヒーノフが射抜いた将が倒れた場所に、同じ鎧の人物が駆け寄ってゆく。
、、、、、つまり、最初の将は、、、偽物か!?
予期せぬ展開に、ブートストはそちらへ意識を持っていかれ、ほんの一瞬、周囲への警戒を怠った。
これが致命的であった。
「ぐうっ」
ブートストの背中に衝撃が走った。背後から刺されたようだ。熱い物が溢れるのが分かる。
「将軍!!」
即座にブートストの部下が割って入り、ブートストを貫いた兵士を切り捨てると「大丈夫ですか!?」と肩を貸してきた。
「、、、、とにかく逃げる。恐らくヒーノフは失敗した。俺たちがこれ以上、この戦いに与する義理はない」
「は、はい!! おい! 退け!将軍をお守りせよ!!」
周辺で小競り合いを続けていた旧ゴルベル兵は、ブートストを囲むようにして、崖へと引き下がってゆく。
「将軍! お先に退避を!!」
ブートストは多数の兵に助けられながら、半ば落下するように川底へと降り立った。まだ崖上では戦いの音が響いているのが聞こえる。
俺のせいで、全滅覚悟で上に残った奴がいるのか。
説明がなくともその程度はわかる。これでも元、ゴルベル四将の一人に数えられたのだ。
「将軍、お急ぎください!」
「ああ」
そのように答えるが、次第に足に力が入らなくなってきていた。傷は、深い。
「デジェスト、、、」
足をもつれさせながら少し進んだところで、ゆっくりとした動作で止まり、初期の頃からブートストに付き従ってくれた部下を呼び寄せる。
「なんですか!? まずは逃げねば!」
焦りの緊張の見えるデジェストに、ゆっくりと首を振った。
「あとはお前に任せる。解散するも、続けて戦うも自由だ」
「何を、、、、!」
「だが、一つだけ頼まれてくれ、、、、」
恐らく俺は酷い顔色をしているだろう。ここに至りデジェストも神妙な表情で、俺の言葉の続きを待った。
「ガルドレンを捕らえておいたあの地下、、、、、」
サクリよりブートストに引き渡された、ゴルベルの前王、ガルドレン。その身柄は廃村に監禁してある。廃村の旧領主館に地下牢がある事をサクリから聞き、当面の拠点がわりに利用していたのだ。
「ガルドレンの取り巻きどもの処分は好きにしろ。殺してもいいし、解き放ってもいい」
「、、、、はっ。それで、ガルドレンは?」
「地下に残し、鍵を掛けて、そのまま捨て置け。できれば地下牢の場所を隠せるのなら、なお良い」
「、、、、独り、飢えさせる、、、、と?」
「ああ。あの男の最後には相応しい、惨めな終わりであろう、、、、頼んだぞ、、さあ。行け!!!」
デジェストは一瞬迷い、そして一礼。
「将軍の最後の命令、確かに拝命いたしました」
そう言い残して、川を駆けて行く。
デジェストを見送ったブートストは、川の中へゆっくりと仰向けに倒れた。
バチャンと音を立てて水飛沫が上がる。水は冷たい季節だが、ブートストにはもう何も感じない。
ブートストは憎たらしいほど青く澄んだ空を見上げ、
最後に、
「ざまあみろ」
と言って、目を、閉じた。




