【第32話】ウィックハルトの誓い。
「ウィックハルト様の解任!?」
「解任ではなく辞任だ」
食堂に集まった第10騎士団の兵たちは、レイズ様の説明に耳を傾けてから、口々に驚きの言葉を放つ。
第六騎士団はウィックハルト団長が辞任。スクデリアさん達無謀な奇襲を計画した主だった者たちは、軒並み降格処分となった。
新しい団長に関しては第六騎士団以外から王が任命する。新しい騎士団長決定後の配属は未定。
「思ったよりも重い処分だな、、、」誰かが呟く。僕もそう思う。落とし所としては減給とか、謹慎とか、他の騎士団がやりたがらない任務に就くとか、そんな感じだと思っていた。
何せ、内容はともかく結果としては勝っているのだ。勝利の後に第六騎士団の団長の解任では、世間は何事かと訝しがるだろう。
「先ほども言った通り、処分ではなく、本人の意思で辞任したのだ。勘違いするな」とレイズ様が注意する。
そりゃあ、自分から辞めたことにすれば、影響は少ないだろうけどさ、、、
食堂全体をしらけた空気が漂う。
「そして、ウィックハルトの処遇だが、、、、入ってきなさい」
レイズ様の声に従って、少しだけ恥ずかしそうに入ってきたのは、ウィックハルト様だ。ウィックハルト様は僕らの前に立つと真っ直ぐに前を向いて
「本日より第10騎士団にお世話になることになりました! ウィックハルトと申します! よろしくお願い申し上げます」と深々と頭を下げて見せた。
「ウィックハルトは私の直属とする」みんなが呆気に取られている中で、レイズ様が言えば
「私のことをご存知の方もいらっしゃるでしょうが、一兵卒からやり直すつもりです。私のことはウィックハルトと呼び捨てに。敬語も不要です」とウィックハルト様が添える。
「聞いた通りだ。ウィックハルトへの敬語は当面私が禁止する。良いな」とレイズ様が宣言するまで、僕らはポカンとしたまま聞いていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
みんなが呆気に取られた食堂での挨拶の後。僕はレイズ様に執務室に来るように命じられる。こちらとしても望むところだ。
執務室には、いつもの人たちとウィックハルト様、、、じゃなくてウィックハルト。それにリュゼルもいる。
「来たか。お前とリュゼルには色々説明する必要があったからな」というレイズ様。
「ウィックハルトさ、、、ウィックハルトが辞任したと言うのは本当なのですか?」リュゼルが聞く。
「事実だ」レイズ様が簡潔に答える。ウィックハルトはニコニコしながらレイズ様の横に立っている。
そしてレイズ様は事の顛末を話し始めた。
元々、王はウィックハルトを団長から降格させる案には消極的だった。対外的な部分でも聞こえは良くないし、蒼弓と呼ばれるほどのウィックハルトの才能を惜しんだのだ。
逆に、ウィックハルトへの温情に難色を示した中心人物が、第一騎士団の団長、ルシファル。
「部下の言葉に流され、全体を危機に陥れるなど言語道断。解任してしばらくは謹慎させ、復帰するにしても隊長クラスからにするべきだ」と主張した。
言っている事は一理あるのだけど、裏切りが確定しているルシファルが言うと、なんだか裏がある気がして仕方がない。
温情派と厳罰派の意見は拮抗していた。ただ、厳罰派の提案にも難点がある。王が気にしている対外的な部分だ。
どういう理由であれ、王が任じた騎士団長がコロコロ変わるのは芳しいものではない。まして、今回の場合は勝っているのだ。にも関わらず首をすげ替えては、実際は負けていたとか、王の不興を買ったなどと噂されかねない。
停滞する議論。
そんな中で、レイズ様が言ったのはたった一言。
「まずはウィックハルトの意見を聞いてみては?」と。
「、、、そして、ウィックハルトは辞任を希望した、と?」リュゼルは言葉と共に、ウィックハルトを見る。ここからはお前が話せと言う事だろう。
リュゼルの視線を受けて、ウィックハルトは小さく頷くと、ゆっくりと口を開いた。
「、、、思い知ったんです。私は人の上に立つ器ではない、と。私の曖昧な決断で多くの人の命を危険に晒しました。結果はともかく、攻め入るのであれば最初の段階で決断すべきだったし、個人の心情に寄って無謀な奇襲をかけるのは将として最もやってはいけない事です。ですが、多分、私はその心情を無視することはできないでしょう。きっと、今後も。私は補佐官が性に合っているのです」
ウィックハルトの言葉を噛み締めるように聞いたリュゼルは「なるほど、、、、本人がそう思っているのなら、これ以上は何も言いません」と一歩後ろに下がった。
「さて、ロア、君に質問だ」不意にレイズ様が僕に声をかける。
「なんでしょう?」
「団長辞任を希望したウィックハルト、落とし所として私が引き取った。なぜ、そうしたのだと思う?」
僕は少し考え、
「そう、、、ですね、、、蒼弓を、王が所望したことにするとか?」
「うむ。続けなさい」
「単純に団長の解任をすれば何事かと思われるでしょうが、仮に、王が側近にすることを望んだとすれば、それは解任よりも昇進に近い。多少、王が我儘を言ったような形にはなりますが、相手は蒼弓と呼ばれるほどの達人です。側近にしたいという気持ちも分かりやすい。だから、王直属の騎士団に移した。。。これなら、周囲も納得するのではないでしょうか」
僕の返答にレイズ様は満足そうに目を細める。
「概ね正解だ。だが、まだ足らん。ウィックハルト」
「はい」指名されたウィックハルトは僕の前までやってくると、僕に対して跪いた。
「な、、、何を?」
「このウィックハルト、貴殿にこの弓を捧げ、今後は貴方の矢として身命を賭して忠誠を誓う。お許しいただけるだろうか」
「ええ!? どう言う事ですか!?」
動じる僕と、隣でのけぞるリュゼル。他の人たちは平常心だ。事前に聞かされていたのか。
「ロア、これは騎士にとってとても神聖な儀式だ。受け入れる場合は”頼む”と」レイズ様が説明してくれるけれど、儀式の問題ではない。
「あの、なんで僕に? こういうのはレイズ様にするものじゃあ?」
「ロア殿、私が君を支えたいと思ったのです。だからレイズ様に頼み、第10騎士団に入れてもらった。迷惑でなければ許しを得たい」
「そんなこと言われても、、、そもそも、なぜ?」
「レイズ様に聞きました。君は今回が実質初陣だったそうではないですか。にも関わらず、果断な決断力と初陣とは思えぬ勇気、とても素人とは思えぬ綿密な策、、、、感嘆しました。貴殿は河が氾濫することも読んでいたのでしょう?」
「ま、、、まぁ」読んでいたというか、知っていたのだけど。
「貴殿はいずれ大きな事をなすと思います。ですが、失礼ながら個の戦闘力としてはそれこそ新兵以下だ。ならば、私が貴殿の矢になり、貴殿に迫る脅威を排除して見せましょう」
どうしていいか分からない僕に、グランツ様が言葉を添える。
「ロア、迷惑でなければ受けてやりなさい。私もかつて、レイズ様に同じように誓ったものだ。これは、互いの誇りでもあるのだ」
さらにウィックハルトが畳み掛ける。
「ライマルのためにも、私はこの国のために私のやれることをしたい。2ヶ月間ずっと考えていた。指揮官としては不適格な私に何ができるのか、と。レイズ様と話して思い至ったのが、この命を助けた、貴殿の補佐であったと言うことです」
ライマルさんを引き合いに出すのはずるいと思う。
でも、そうまで言われて断る理由はない。
「分かったよ。。。。。。頼む。よろしく、ウィックハルト」
こうして僕にとって最初の側近が誕生したのだった。




