【第321話】フェマスの大戦⑦ トールと副官
「相変わらず、戦が始まると騒がしい御仁だ」
西側に布陣した第七騎士団のトールは、中央の戦場を眺める。
第七騎士団より先に動き出した第三騎士団から、その騎士団長の威勢の良い声がトールの耳にまで届いたのだ。
ザックハート達が突撃を開始したらしい。
「トール様、こちらはゆっくりと参りますよ」
「ん? 何やら含みのある言い方だなレノア」
トールは右隣にいた髪の長い女騎士に向けて、口を尖らせながら抗議する。
「もちろん含みがありますよ? 暴走されませんようにと願いを込めて、口に致しましたもの」
不満げなトールに対して、レノアはクスクスと笑いながらそのように返してきた。
「先日のホッケハルンのような真似をされては、こちらが堪りませんからね」そう、会話に口を挟んだのはトールの左側にいた、髪を編み込んだ別の女騎士。
「おい、カペラまで。この間のは仕方がないだろう。あれが一番効率良かったのだから。なあ、ワクナもそう思うだろう?」
トールに声をかけられたのは、トールの前を進む、こちらも女騎士だ。
ワクナはトールの方を振り向き、「レノアとカペラの言う通りです。全く。私たちに留守を任せて出て行ったっきり、何をしているかと思えばリフレアから生涯怨敵扱いされるような無茶をされて。私たちは怒っておりますよ。此度の戦では貴方様が真っ先に狙われるのです。決して前にはお出になられませんように」と言い放つ。
「ぐぬぬ。だが、私にはお前たち三女神がついておるからな。大丈夫だろう」
「その呼び方もおやめくださいな。本当の三女神様に怒られてしまいます」
渋い顔をしたカペラに、トールはお返しだとばかりにフハハと笑う。
レノア、カペラ、ワクナはトールの最側近である。全員が女騎士というのは騎士団の中でも珍しい。
よくトールが女好きだからだ、などと陰口を叩かれる原因となっているが、半分当たっていて、半分は違う。
トールは一見常識人に見えるが、こと、戦ごとや争いとなれば手段を選ばない人間である。諌めようとしても、簡単に止まることはない。
そんなトールだが女性相手ならば、戦地でも比較的耳を傾ける傾向にあった。そこから適任者を選んで行ったら、自然とこの3人が残ったのだ。
トールは「俺の三女神」と呼んでおり、彼女達がトールの良い抑止力となっていた。
「しかしな、突出するなといっても、どの道こちらは敵の出方待ちであろう?」
トールがいう通り、第七騎士団は第三騎士団のような突撃を行う予定はない。
西側の戦場は山が包み込むようになっているので、どこに敵が潜んでいるか分からない。そこでトールを配置することで、平地におびき寄せようというのが基本戦略だ。
何せトールはリフレアにとって、神を愚弄した許されざる者である。彼がのほほんと首を晒しているだけで、リフレア兵にとっては挑発として大いに機能している。
現に、山の上にあった旗印は、徐々にその位置を下へと移し始めていた。
既に中央では喊声と怒号と悲鳴が飛び交っているが、今のところ西側は静かなものだ。
西の砦の前に布陣した敵部隊は、砦の前から動こうとしない。恐らくは、山中にある主力が動くのを待っているのだろう。
「うーむ。少し敵の尻を叩いてやるか」
「トール様?」
「大丈夫だ。別に俺が前に出て挑発するとかではない。ロアから預かった”あれ”を使う。おい! 準備しろ!」
トールの合図で後方から押し出されたのは、大型の投石機だ。これはかつてレイズがドリューと開発し、帝国戦で利用していたもの。その後はシュタイン邸の倉庫で埃をかぶっていたが、ロアが持ち出して整備し、今回の戦いへ持ち込んでいた。
投石機は全部で三つ。いずれもレイズの手が加えられ、なるべく広域に細かな礫が飛び出すように工夫されていた。細かいといっても、載せられた礫は小さい物でも拳より大きい。当たりどころが悪ければひとたまりもない。
過日、レイズはこの改良型投石機を、ヨーロース回廊から攻め込む帝国兵に向かって撃ちまくった事もある。
だが耐久性に難があり、また石の準備に思ったよりも時間を取られるところや、第一騎士団の強い反対もあって、主力としての実装は見送られていた代物であった。
「準備できました」
投石機を預かる指揮官の報告を受けて、トールは西の山を睨むと、彼独自の愛槍である双頭槍を突き出す。
「適当に撃ちまくれ! 用意した石がなくなるまで間断なく放て! 壊れてもかまわん!」
「良いのですか?」
「どの道敵が降りてきたら、混戦の中では使えぬ。今が使いどきよ!」
ロアからも「好きに使っていいし、壊しても構わない」との許可はもらっている。ならばその通り好きに運用させてもらう。
「放てぇ!」
指揮官の指示で、バンっ、バンっ、バンっと、大きな音が3つ鳴り、蓄えられていた岩の礫が宙を舞うと、山の斜面に降り注いだ。
「結構な速度で飛ぶのですね」
トールの隣で様子を見ていたワクナが、少々意外という風に感想を口にする。
「、、、だな」
実はトールもこの投石機の威力を見るのは初めてだ。レイズはとにかく威力を重視したらしい。放たれた礫は山なりというよりも、水平に近い軌道で山の斜面に突き刺さってゆく。
撃ち終わったらすぐに打ち出し部分が巻き戻され、事前に用意されていた礫が補充され、再び射出。
ルデクの鉱山からでた瓦礫を、わざわざこのようなところまで持ち込んできた甲斐があった。
効率よく次々と岩が降り注ぐと、次第に山側から悲鳴が聞こえ始める。山に潜んでいた敵部隊からだ。
一方的な攻撃が開始されてしばし。異変はトール達の後方から起こった。異常な悲鳴と共に、中央の戦場から黒煙が上がる。
「なんだ!? 火、、、か!? それにしても回りが早いぞ? どうなっている!」
中央で上がった黒煙は、瞬く間にトール達の背後を脅かし、退路を阻もうとする。
「ちっ、まずいな。一度、退くか」
トールは一瞬迷ったが、「無理です」とレノアが鋭い声を上げた。
レノアの声の方、山裾を見れば、山から現れたリフレア兵が、続々とこちらへ向かって突撃を開始しているのだった。




