【第319話】フェマスの大戦⑤ ザックハート、吠える。
第10騎士団の本隊から、進軍の銅鑼が鳴る。
「少々、久しぶりの出陣ですね」
側近のベイリューズが落ち着き払った表情で、隣にいるザックハートを見た。
第三騎士団にとっては暫くぶりの戦場である。最後に戦地へ赴いたのは、帝国とやり合っていた頃のことだ。
と言っても、第三騎士団の練度には一切の不安はない。ザックハート自らが日夜鍛え、統制の取れた自慢の兵士たちである。銅鑼の音を聞いても騒ぐ者もおらず、ザックハートの出陣の合図に粛々と行軍を始めた。
「さて、あの裏切り者どもは、どう動くかの?」
第一騎士団の旗を掲げた中央のリフレア軍。今のところ第三騎士団の進軍を見つめるばかりで、中央よりやや右の壁よりに布陣したまま動こうとしない。
「ふむ、では、、、」
ザックハートは「すううぅ」と大きく息を吸うと、先ほどの銅鑼に負けぬような音量で「突撃じゃあああああああああ!!!!!」と命じる。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
先ほどまで粛々と一糸乱れぬ行軍をしていた第三騎士団は突如気炎を上げ、一気に第一騎士団との距離を詰めてゆく。
そうして敵兵の顔が僅かに確認できる距離まで近づいたところで「止まれえ!!!」と再びの大音量。
即座に停止した第三騎士団の視線の先には、第一騎士団が弩をずらりと並べて待ち構えていた。
「やはり用意しておったか」
弩はすでに何度か実戦投入され、効果も実証されている。他国が放っておくはずはない。
進化版の十騎士弓はともかく、比較的構造が単純な弩はすぐに模倣されるだろう。そのようにザックハートが思っていた通りだ。
「盾!!!!!」
ザックハートの指示で、大きな盾が最前線にずらりと並ぶ。
「弓!!!!!」
再びの指示で用意されたのは弩や十騎士弓ではない、昔ながらの長弓だ。
「放てや、放てえ!!!」
ザックハートの合図とともに、長弓から放たれた矢は、裏切り者の頭上に降り注ぐ。第一騎士団も対抗して弩を放つが、飛距離が足りない。たまに届いた矢も力なく盾に弾かれるばかりである。
やはり、使いこなせてはおらんな。
ザックハートは満足げに状況を確認。初撃はこちらが優位に立つ展開である。
これはザックハートが勤勉に新しい武器を理解しようとしたからこそ、できた対応だった。
模擬戦での経験を経て、新しい武器を認めたザックハートは、まず、知ることから始めた。弩においては訓練で様々な利用法を試し、その強みと、同時に弱点を把握することに時間をかけた。
十騎士弓は別としても、弩は従来の弓に比べて射程が短い。騎馬隊のような機動力を加えて、その利便性を活かすか、新兵のように弓矢に慣れぬ者達に持たせるのが良い。
つまりこのような集団で睨み合う展開、まして、こちらが来るのを待ち受けるような状況には向いていない。
さらに、こちらが弩を警戒して対策もしている以上、その威力は半減している。
結果的に第三騎士団から一方的に射程内に晒された第一騎士団の兵達は、業を煮やして漸く動き始めた。
それを見たザックハートは「まだ動くな!!!!」と兵に指示を出す。
対弩兵の戦い方は第三騎士団の中にしっかりと浸透している。ザックハートが指示を出すまでもなく、敵兵が近づいてくるのをそのまま待った。
距離を詰めてきた敵兵は射程に入ったと見て、再び弩を向けてくる。しかし、前線に配された木製の大楯に刺さって、味方への被害はほとんどない。
そうこうしている内に、両部隊の距離はみるみる縮まってきた。
そろそろ頃合いだなと判じたザックハートは、愛槍を高々と掲げると、大声で吠える!
「俺に続けえ!!!!!」
いうなりザックハートは自陣の前線を突き破るように勇躍、敵兵の目の前に躍り出ると、常人が3人で抱えるような巨大な槍を一度大きく振り回した!
たったそれだけの動きで、近くの敵兵はごっそりと討ち果たされた。
ザックハートの一撃を潮に、前線で盾を構えていた兵士たちから、一気に敵軍へ流れ込んでゆく。
瞬く間に混戦の様相を呈した戦場にあって、ザックハートの周辺は常に血煙を上げ、前へ前へと進む。
ザックハートが進むごとに、ザックハートを中心とした円の形に空間ができていった。
「こんなものか! 裏切り者どもよ!!」
ザックハートの咆哮が響き渡る中、「ザックハート!!」と、彼を呼ぶ声が耳に届く、そちらを向けば一人の将がこちらへ猛然と突進して来るのが見えた。
第一騎士団で部隊長をしていたベリアルだ。
「なんだ、ベリアルか! 裏切り者の負け犬が何の用だ!!」
「ぬかせや! ザックハート! その兜、ルシファル様に捧げてやる!」
第一騎士団のベリアルといえば、ザックハートもよく知る猛将。相手にとって不足は、、、、
「いや、あるな」
巨槍を一閃。
つい先程までベリアルだった物は、一度も武器を交えることすら許されず、力なく地面に転がり落ちる。
「ひいっ!」
敵兵の誰かが悲鳴をあげた。
ザックハートの手入れされた長い髭からは、返り血が滴っている。
その表情は第一騎士団に対する怒りに満ち、悲鳴をあげた兵からは、まるで羅刹のように見えたのだろう。
「ザックハート様」
ベリアルを討ち取ったことなど小指の先ほども誇ることなく、なおも周囲を刈り取る暴力に、さらりと近づいてきたのはベイリューズだ。
ザックハートの元までやって来ると、「我々の取り分もとっておいてください」などと冗談を飛ばす。
「なんだ、何が言いたい?」
「少々興奮しすぎですよ。義娘殿が怖がります」
そのような物言いであるが、要は突出しすぎるなと引き留めにきたのだ。
ベイリューズの言葉もあながち嘘ではない。ルファもこの戦いに参戦している。今はロアと共に第10騎士団の本隊にいるはず。
「、、、、、ルファに怖がられるのは本意ではないな」
ザックハートが少し落ち着きを取り戻してみれば、確かに敵陣を切り裂く形で深くまで踏み込んでいた。
「ここで待ちましょう」
一度退きましょうと言わないあたり、ベイリューズはザックハートの扱い方を心得ている。すでに状況は優勢。暫くすれば第三騎士団の兵達が自然とザックハートを囲むように布陣するだろう。
「よし。待つ」
ザックハートは決断する。
しかし立ち止まってみてすぐに、ザックハートは違和感に首を傾げた。
なんだ? 何かがおかしい。
「、、、、、ベイリューズ、、、やはり、退くぞ。敵と一度距離を取る。ついて来い! 皆も退け!」
「ザックハート様?」
予期せぬ言葉に驚いた表情をしたベイリューズだったが、すぐに馬首を返したザックハートの後を急ぎ追った。
サクリの罠の一つが発動したのは、その直後のことである。




