【第317話】フェマスの大戦③ リフレアの愚か者達
「、、これは、、、どういうことか?」
ネロの言葉は静かに、しかし重く、議場に響く。
食料がない。
信じられないことに、リフレアでこの事実が判明したのは絶望の収穫を終え、第10騎士団が王都を出立した頃のことだ。
通常であればありえぬ遅さ。その原因はただ一点、食料を担当していた大臣、コンヌルにあった。
コンヌルがルブラルに食料買い入れの打診をしたのは事実だ。ルブラルからも色良い返事をもらっていた。
しかし、コンヌルは全てを甘く見積もっていた。サクリの不作の懸念を無視して、ルブラルには秋の収穫後の買い入れで話をまとめていたのである。
コンヌルは「収穫を終えてからの方が、当然買い入れ額は安くなるからな。戦いしか能のない者にはわからぬことよ」などと、自分の判断を英断と部下に自慢していた。
しかもだ、予算だけは値下がり前の金額で申請していた。つまり差額を着服しようとしていたのである。
着服を隠すために、不作が具体性を帯びてきて各所から問い合わせがあっても、「手配済みだから安心しろ」という返答に終始していたのだ。
そして収穫を迎え、想定を遥かに下回る悪夢のような収穫量を目の当たりにしたところで、初めてコンヌルは焦り出す。
慌てたところで後の祭りだ。ルブラルに打診したところで、「売り渡せる食料など無いことは、よくご存知でしょう」と、先方の官僚に呆れられる始末。
所詮コンヌルは派閥の力で大臣になった男である。農業のことなど全く知らなかったし、知るつもりもなかった。
この後に及んでは、サクリの所為にするわけにもいかない。何せ、食料確保は自身の功績であると散々吹聴しているのだから。
本来であれば、このような危機的状況に陥るまで誰も気づかなかったのだから、責任はネロを始め、首脳陣全てにあるのだが、この場でそれを訴える人間はいない。
自分たちは選ばれし血筋の人間であるという、愚かだが確固とした信念が、そもそも自分たちの不明に考えを至らせることができない。
この場で冷静に、かつ馬鹿馬鹿しく状況を見つめているのは、サクリと、その部下のムナールくらいのものである。
「お、愚かにもルブラルが直前になって約束を反故にしたのでございます! 全ての責はルブラルにあるのです!」
なんとかして責任を回避しようとするコンヌルであったが、コンヌルに向けられる視線は厳しい。
「そうだ! サクリ! お前が私にちゃんと今回の懸念を説明しておれば、このようなことにはならなかったのだ!」
苦し紛れにサクリに責任を押し付けようとする。常時であれば、それで解決したであろうが、今回は流石に聞く者の不快感を増長させるだけだ。
「コンヌル」
ネロが敬称を付けずに呼ぶ。
「ネロ殿! 全ては貴殿の弟が私にっっ!!」
コンヌルの言葉はネロには全く響かない。
「どうやらお前は純血種ではなかったようだな。我々を誑かした罪は、万死に値する。おい、誰か連れてゆけ」
ネロの言葉に素早く兵士がやってきて、コンヌルを拘束した。
「ネロ殿! 何を申されるのですか! 私は間違いなく唯一神レゼグル様の、、、!!!」
コンヌルの言葉は猿轡に封じられ、最後まで口にすることを許されない。
コンヌルが呻き声とも、悲鳴ともとれる咆哮を発しながら連れ出されると、議場には重苦しい空気が漂った。
現状は最悪である、戦どころでは無いのだ。その場にいるほぼ全員が、いかにして食料をかき集めるかを思案していたと言って良い。
そんな中、ネロがサクリを見る。
「軍師は如何考えるか」
公の場でネロがサクリの名前を呼ぶことはない。
サクリは淡々と、
「ルデクは”これ”を狙っていたのでしょう。ならば、我らに残された道は、ひとつ」
サクリの”我ら”という言葉に僅かに眉を顰めながらも、ネロは続きを促す。
「予定通り、フェマス地方でルデクを迎え打ち、これを撃破。撤退するあ奴らを追い立て、再びルデクへ乱入。ルデクから食料を奪い取るしかありますまいな」
「できるか?」
「、、、、やるしか、ありませぬ」
「では、やれ」
「はい。。。。全軍をフェマスに向かわせても?」
「構わぬ」
「畏まりましてございます」
サクリは深々と頭を下げると、すぐに踵を返す。
「おい、何処へ行く!? まだ会議は途中だ!」
その場にいる愚か者の一人が咎めた。
サクリはゆっくりと振り向き「何処? フェマスに決まっておりますが?」と答えた。
「お前も最前線に出ると申すのか?」
サクリの鋭い視線に気押されながら、発言した男があえて問うた。
「無論でございます」
サクリはそれだけ言い残して、議場を後にしたのだった。
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サクリの部屋で、会議が終わるのを待っていた将は三人いた。
「どうなったのだ?」
サクリが席に座るゆとりも許さずに、詰問口調で問い詰めたのはヒーノフ。かつてのルデクの第一騎士団を率いる将だ。
「全軍を以て、フェマスで決着をつけます」
サクリの言葉を聞いて
「ここに至っては、それしか無いでしょうね」と言ったのは、聖騎士団のショルツ。
そして最後に、
「勝ったら約束を守ってもらう」
そのように口にしたのは、元ゴルベル3将の一人、ブートストである。
ブートスト達ゴルベルの地下反乱軍は、ルブラルでの陽動の後しばらくはルデク領内に潜伏し、状況を見守っていた。
しかし、ルブラルの動きが鈍かったことや、ルデクの追求が厳しくなってきたことを受け、一時的にリフレアへと避難していたのだ。
元ゴルベル王ガルドレンの引き渡しの件もあり、宗都へ赴いたところで、サクリに言葉巧みに取り込まれたのである。
どのみち今はリフレア以外に居場所がない。ブートストとしても選択肢などない選択であった。
それにガルドレン引き渡しの件が約束の通りにサクリより履行されたため、ブートストもある程度協力する心積もりになっていた事もある。
「無論です。ここで勝てば、ゴルベル全域は貴方様の物」
サクリはブートストに卑屈な笑みを見せつつ答える。
まるで運命の女神に導かれるように、フェマスの地に因縁が集結し始めていた。




