【第315話】フェマスの大戦① つばめ、飛び立つ。
雰囲気が、出てきたな。
大広間には第10騎士団の主だった者たちが勢揃いし、ゼウラシアとロアのやり取りを厳粛な面持ちで見つめている。
今日は出陣の儀式。
先だっての戦いでは、屋外で全兵士に向けて檄を飛ばしたが、あれは王都の火急の危機であり、騎士団全員に王の意思を明確に伝える必要があったからだ。
今回は正式な形で、ロアへ剣を預ける。
「拝領します」
目の前で跪き、両の手で剣を受け取るロアを見たゼウラシアは、ロアが英雄特有の気配のようなものを纏い始めていることに気づいた。
騎士としては線の細い体躯であるはずなのに、妙に大きく感じるのだ。立場が人を作ったのか。それとも元よりあった英雄の資質が花開いたのか。
あの時と、よく似ている。
ゼウラシアはかつての、レイズに剣を預けた頃のことを思い出す。
レイズも元は、食堂の片隅で一人本を読んでいるような地味で物静かな男であった。
騎士としての評判は全く聞かなかったので、ゼウラシアも存在を認識していなかったと言っても大袈裟ではない。
レイズとゼウラシアの出会いは、盤上遊戯である。
当時ゼウラシアは盤上遊戯に熱を上げていた。
名手と名高いザックハートに指南を受けたり、盤上遊戯の名人と呼ばれた文官とも、3度に1回はそれなりに良い勝負をしたりと、自信を深めていた頃のことだ。
そんなある日、件の名人が盤上遊戯で負けたという話を耳にした。しかも、一度のことではなく、五度戦って、いずれも負けたというのである。
名人を負かしたのはレイズという兵であると。
ゼウラシアはそこで初めてレイズに興味を持ち、盤上遊戯のために呼び出した。これがまさか、己の国の命運を分けるような出会いになるとは思いもしなかった。
、、、、レイズも戦場を重ねるごとに、こうした雰囲気を纏っていったものだ。
ゼウラシアの心に、僅かに寂しさがよぎる。叶わぬ願いであることは重々承知しているが、レイズにも、この場にあって欲しかった。
少々感傷に浸ってしまったようだ。
差し出した手に剣が乗せられぬことで、ロアが困ったようにチラリとゼウラシアの顔を仰ぎ見ている。
「すまん。少し考え事をしていた」
ロアにだけ伝わるように小さく言葉にすると、ロアは少しだけ微笑んで、再び下を向く。それを確認してから、剣をその両手に置いた。
「皆の者!」
剣を受け取ったロアが、騎士団を振り返り、剣を天高く掲げると、グッと声を張って呼び掛ける。
「「「「「「「「応」」」」」」」」
「剣に恥じぬ戦いをすると、ここに誓う!」
「「「「「「応!!!」」」」」」
ゼウラシアには、これ以上何もできることがない。歯がゆいが、せめてこの者たちに勝利の加護をと、運命の女神へ心から祈った。
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城門が開き、一糸乱れぬ姿で第10騎士団が大通りを進んでゆく。
沿道や建物の窓では溢れんばかりの市民が、その勇姿を見つめていた。
大きな歓声などはない。これは王都の習いで、出陣の際はただ祈りを込めて静かに見送り、帰還した時に喜びを爆発させるのである。
それでも時折幼子などが「わあ!」と感嘆の声を上げ、母から「静かに見ようね」と優しく諭されている姿もあった。
別に声を出してはいけない訳ではないので、周囲の人間もその様子を微笑ましく見守っている。
「でもすごく、かっこいいよ」
建物の2階から見ていた幼子は、第10騎士団を指差しながら瞳を輝かせて母に訴え、母親も「そうね」と、その勇壮さに感嘆のため息をつく。
今までも出陣の行進は何度も見てきた王都の市民ではあるが、今回は一際荘厳に感じていた。
理由ははっきりしている。
真っ直ぐに前だけ見据え、大通りを歩く第10騎士団の全てが、揃いの漆黒のマントを羽織っているのだ。マントの背には、金刺繍で浮かび上がる三日月とつばめ。
その場にいた人々は生涯忘れぬであろう。
王都から次々と金のつばめが飛び立ってゆく、その姿を。




