【第313話】収穫祭
北の大陸の各国が、「もしかすると、これは想定以上にまずいかもしれない」と思い始めた秋の始め、僕ら第10騎士団はシュタイン領に集合していた。
シュタイン邸の北側では、凶作の波などお構いなしに、縦横無尽に好き勝手に伸びたトゥトゥの蔦が地を這っている。
僕は急遽据えられた指示台に立ち、騎士団の面々を見渡すと、「えーっと」と中途半端な声を上げ、そばにいるラピリアに睨まれた。
こう言う時は胸を張って、それらしく、だ。
こほん。咳払いして仕切り直し。
「今日は集まってくれて、感謝する! 今年の収穫が厳しくなりそうなことは、ここにいる者たちは知っていよう! 人は、食わねば生きることができない! 食とは、すべての根源である! 今日この日の作業を”つまらぬこと”などと考えている騎士団の兵士はいないと信じているが、掘り起こした一つの芋が、貴殿らの家族や大切な友人たちの口に入ることを想いながら収穫してほしい!!」
「「「「「応!!!!!!」」」」」
僕の簡単な挨拶が終わったら、壇上にはトゥトゥ農場を任せていたダンブルが上がり、皆に作業内容を指示してゆく。
新兵だと言うのに堂々としたものだ。肝の太さだけなら、ロズヴェルよりもダンブルの方が上かもしれない。
今日の作業は大きく分けて、収穫部隊、畑の拡張部隊、箱詰め部隊と、選別したトゥトゥから種芋を再度植える部隊に分ける。
収穫量にもよるけれど、半分は種芋として、残ったうちの半分をルデクトラドとゲードランドで消費。あとの半分はツァナデフォルに送ってあげようかなと思っている。
トゥトゥを王都とゲードランドで消費するのは、この2つの街の住民が新しい食材に対して一番抵抗が少ないからだ。
南の大陸から様々な食料が流れ込み、多様な食文化を花開かせているゲードランド。そして、同じように南の食材が流入しやすい王都は、未知の食材に対する忌避感があまりない。
トゥトゥは主食として味は問題ないし、すでに凶作は一般市民もにわかに実感する時期になっている。王が推奨すれば問題なく消費されるはず。一度市民の口に馴染ませて、本番は冬以降。
凶作が深刻化するのはこの冬だ。トゥトゥは年明けにもう一度収穫することができる。今回充分な量の種芋を植えておけば、ルデクの2大都市の市民の主食をある程度賄うことができると見ている。
市民の数からしても、この2つの街が頭一つ抜けている状況なので、この街の食糧を補えれば、穀物を他の都市に余裕をもって回せるはずだ。
というわけで今回の畑仕事も職権濫用のようにしか見えないけれど、実はルデクにとって、とても大事な収穫作業なのである。
ちなみに、せっかく頑張ってくれる第10騎士団のみんなのために、本当にささやかながら、トゥトゥを楽しめるように屋台を用意してある。料理をしてくれるのはキンドールさん達館の使用人の人たち。
「ロア様、せっかくなので最初の1つはロア様が収穫してはどうですか?」
そんなダンブルの提案に促されて、僕は一番手前にあった蔓の根元に慎重に鍬を当て、そのまま掘り起こした。
根本を掴んで持ち上げると、ざっと数えただけで30個程のトゥトゥが鈴なりになっている。
うん。噂の通りの繁殖力だな。これなら良さそうだ。
周辺から小さく「おお」という声が上がった。
「よし、じゃあ、始めよう!! みんな! よろしく頼むよ!!」
こうしてシュタイン邸の周辺は、この辺りには珍しく、いっときの喧騒に包まれることになったのである。
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「見て見て、これすごくたくさんお芋がついてる!」
「フッ。俺の方が多いぞ!」
ルファに大人気なく対抗しているのはリヴォーテである。リヴォーテも当然のように手伝いに来ていた。「グリードルとも無関係ではない」などと言い張っていたけれど、要はトゥトゥを食べてみたいだけのようだ。食い意地が張っているのである。
「二人ともまだまだだな、これを見ろ! 今日一番の収穫だろう」
しょうもない争いに参戦したのは意外なことにフレイン。芋の塊を掴んで自慢げに空へ掲げる。
フレインは良いところの貴族なので、収穫などもちろん初めてだ。開墾の時は指示役に回っていたのだけど、今回は本人のたっての希望で作業側に参加していた。
ま、気持ちはわかるなぁ。収穫ってなんか楽しいよね。
別の場所に視線を移せば、ロズヴェルら5人組が大騒ぎしながら同じようなことをしている。というか、そこかしこで、より多くの芋のついた物を収穫できるかの競争が行われていた。
大変微笑ましく、平和な風景である。
だが、こんな時間もそろそろ終わりかな。人々が凶作の気配を感じ始めたと言うことは、各国の指導者はもっと危機感を感じているだろう。
けれど、その危機感はまだ甘い。
千年に一度の大凶作など、誰も体験していない。だから仕方がない事なのだけど、多くの人が本当の意味で深刻さに気がつくのはもう少し先。
僅かに伸びた麦の実には中身が入っておらず、他の秋の恵みも全滅と言って良い状態になっていることに、人びとは恐怖する。
「ロア、なにか難しいこと考えてる?」
ラピリアから随分険しい顔をしていたと指摘されて、はっとした。
ずっと悩んでいたことがある。ルデクの生き残りのために凶作を利用したけれど、もしかすると僕がこの選択をしたことで、どこかで見知らぬ誰かが餓死するのかもしれない。
すべての人を助けたければ、もっと早い段階で凶作を声高に叫んでもよかったのだ。信じてもらえるかはわからないけれど。
万にひとつ、僕の言葉を信じて、食べ物を節約して冬に備えることができた人たちも存在していた可能性だってある。
いや、分かっているんだ。多分、声高に叫んでもあまり効果はなかっただろうと言うことは。
信じろと言っても無理がある。
仕方ないと思っても、どこかにやりきれない気持ちが小さな棘のように残っていた。
「、、、、、、、なんでもないよ」
流石にこんなことをラピリアに話しても、困らせるだけだ。僕は努めて顔を緩めて答える。
ラピリアがそんな僕の手をそっと握ってきた。
「大丈夫よ。ロアは、間違ってない」
ラピリアはそれだけ言うと、手を離す。
僕はなんだか、少しだけ救われた気がした。




