【第306話】朝市
「ロア! 朝市に行こうよ!」
ルファに誘われて、もうそんな季節かと気がついた。
朝市は夏に7日間限定で行われる、ちょっとした王都の名物だ。
元は近隣の農家さんが、朝採れ野菜を路上売りし始めたのが始まり。年を追うごとに規模が大きくなり、人が集まることで野菜以外の店も現れるようになった。
朝市は文字通り早朝だけと時間が決められていて、人々が生活を始める時間には、綺麗さっぱりいなくなる。朝霧の見せる幻のようで面白い。
ルデクトラドの市民は毎年この催しを楽しみにしており、ほとんど全員が一度は足を運ぶと言われている。そのためこの時期だけは、夜明けから大通りは人で溢れかえる。
「そうだね。行こうか」
僕の許可を得て「やったー!」と跳ね回ってから、「そうだ、リヴォーテも連れてっていい?」と聞いてくる。
あの子は腹黒いから、ほどほどに付き合っておきなさいよ?
「あとね! シャンダル君も連れて行ってあげたい!」
ゴルベルの王子、シャンダルも朝市は初めてだろうから連れて行ってあげたいな。フランクルトが同行すれば大丈夫かな? 王に聞いてみよう。
けど、、、そうなるとゼランド王子が黙っていない気がする。あまり大事にしたくないけれど、仲間はずれもかわいそうだよなぁ。
ま、ダメもとで聞くだけ聞いてみるか。
そうして王に許可を貰いに行くと「良いぞ」と、なんともあっさりした返事。
僕も初めて知ったのだけど、実は朝市の初日の最初の1時間だけは、王の視察という名目で貸切時間があるらしい。
あ、だから朝市の呼び込みでたまに「王様がお召しになった」という事を言っている人がいたのか。てっきり城に納品したって意味かと思っていた。
今回は王の視察時間に、逆に僕らがお邪魔する形になる。
なんだか恐縮だなと思っていたら、「いや、丁度こちらから打診するところだったのだ。レイズも同じように同行していたのでな」という。
そうか、レイズ様が市民に混じって朝市を巡っている姿は想像できないものなぁ。
「短い時間ではあるが、貸切だからな。第10騎士団から何人か連れてきて良い」
「ご配慮に感謝します」
こうして、僕らは貸切の朝市という非常に贅沢な時間を過ごすことになったのである。
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「うわぁ!! 凄いね! お店たくさん! これが貸切なの!?」
日の出とともに大通りにやってきた僕ら。
駆け出すルファとシャンダル、それを追いかけるゼランド王子に「転ばないように気をつけなよ!」と声をかけながら、残された者たちはゆっくりと露店を見て回る。
「リヴォ太郎、帝国には朝市はないのか?」
「どうなんだ? リヴォ太郎」
「だからその名で呼ぶなと、、、まあいい、こういった類いの催しは帝都にはないな。だが、採れたての野菜が手に入るのは市民も喜ぶだろう。帝都に帰ったら陛下に提案してみても良いかもしれん」
と、真剣な顔で朝市を見て回るリヴォーテ。ちなみにエンダランド翁は欠席。昨日はお気に入りの店でそこそこ遅くまで飲んでいたらしいとは、サザビー情報である。
「リヴォーテ! 何してるの!? こっちこっち! 早くおいでよ!」
遠くからルファに呼ばれたリヴォーテは「うむ! 今行く!」とルファの元へ。双子も負けじと駆けて行く。ルファとリヴォーテ、本当に仲良いな。
「帝国の使者殿も大分王都に馴染んでいるようだな」
そんな風に僕に声をかけてきたのはゼウラシア王だ。
「そうですね。口は悪いですが、結構友好的なのでやりやすいです」
「しかし、、、信じられん話だ。帝国の使者と共に朝市を見て回ることになるとは、昨年まではつゆとも思わなかったぞ」
「ゴルベル王のご子息もおりますしね。本当に信じられないこと」とクスクス笑うのは王妃、レーレンス様。その隣には少し久しぶりのウラル王子の姿もある。
、、、、帝国の使者や、ゴルベルの王子もそうだけど、、、、、朝市がこうして穏やかに開催されていることが、僕にとって一番感慨深い。
「ウラル君もおいでよ!」
いつの間にやらウラルとも知己を得ていたルファが呼び、ウラル王子はレーレンス様を見る。
「行ってらっしゃいな」
レーレンス様に優しく促され、「はい!」と嬉しそうに走り出すウラル王子。
「しかし今年は、、、、物が少ない気がするな。ロアの懸念が当たっているのか、、、?」
露店の品を見たゼウラシア王が、ほんの少し眉根を寄せた。
凶作の事だ。
確かに例年に比べると品揃えが薄いように感じてる。
皆が平和な朝を享受する中で、僕は密かに気を引き締めるのだった。




