【第305話】神官の願い④ 悪辣なロア
少し冷静になった僕の様子を見て、ようやく落ち着いたアレックス。
それでもオドオドと周囲を何度か見回してから、意を決して、僕に対して希望を述べた。
「私たちの願いは、もしもルデクがリフレアに攻め込んだとしても、リンデランデ様の命だけは助けていただきたいのです。あの方は何も悪くないのですから」と。
あの方は、何も悪くない、ね。神経を逆撫でする言葉だけど、もう大丈夫。気持ちは切り替えた。ラピリアとウィックハルトのおかげだ。
さて、まずはこのアレックスという人間をどこまで信用するべきか、そしてどう使うべきかを考えないとな。
僕はアレックスの要望への返事はひとまず置いておき、敢えてここまでの旅程や、リフレアでの立場、生活などに話を振った。
最初の直感の通り、リフレアから本当に長い旅路を経てきたことは間違いなさそうだ。実際に現地を知らないと答えられない質問に対しても、返事に淀みがない。
また、アレックスの所属する純聖会は、元々教皇が所属していた会派だということも分かった。教皇は代々、先代からの指名制であることも初めて知った。
時の教皇から見て、最も聖職者として素晴らしいと判じた人物を次代に据えるそうだ。
それからもう一つ、主要な役職や機関はほとんど正導会の手の中であるが、宗教儀式を司る部署と役職だけは、教皇の出身会派である純聖会が押さえているらしい。
教皇は、その部署に入り浸って純聖会の集まりと共に、ただ毎日祈りを捧げる日々を過ごしている。
なお、リフレアには正導会と純聖会以外に、主要な会派が3つある。純聖会以外は、実質正導会に取り込まれたような状況にあるという。
純聖会が取り込まれなかったのは、教皇を押し込めるための箱として利用されたと見るべきだな。下手に取り込んで、教皇が不満を漏らすことを避けたか。
アレックスの言い分では、教皇のことを本当に心配しているのも、ルデクとの戦いに反対したのも純聖会くらいとのことだ。
「、、、、アレックス殿、では、仮にルデクがリフレアを制圧した場合の話をしましょう。もし、貴殿が我々に協力し、それが功を奏した場合という前提で。その場合貴殿の所属する会派以外は、全て罪に問われます。決して軽くはない。はっきり言えば多くの人間が投獄ののちに処刑されるでしょう。あなた方が仕出かしたのはそういうことだ。それでも構わないと?」
僕の歯に衣着せぬ言葉に、アレックスは苦しそうな表情を見せる。
「、、、、本来であれば、、、、避けたいことですが、、、、今の正導会ではもはや、、、覚悟はして、この場所に来ました」
「教皇はご存じなのですか?」
アレックスは黙って首を振る。リフレアの未来を危惧した純聖会の者たちが、独断で動いたということか。
それにしても教皇、本当に祈ることしかできない人物なのかも知れない。そうでなければ一番近しいというアレックスたちが相談もなく動くとは思えない。
ここまで聞いたところで僕は、ネルフィアへと視線を移す。僕の視線に気づいたネルフィアはゆっくりと頷いた。
その仕草と表情で意図は伝わる。嘘を見抜くのがうまいネルフィアから見ても、アレックスの言葉に嘘はないということだ。
よし、じゃあ、アレックスの言っていることは事実として話を進めよう。
アレックスの言葉にある程度信用が置けるのであれば、リフレアの内部を知る重要な情報源となる。こちらで保護して、時間をかけてでも知っている情報をまとめるべきだな。優先的に聞くべきことを決めないと。
それから教皇の扱いか。本当に象徴的なだけの存在であれば、生かしておいてリフレアの民を取り込むのに利用する。
ただ、今のリフレアの考え方は危険だ。或いは教義そのものに踏み込む必要があるかも知れない。ならば、改変したものを教皇の名で出せばどうだろう、不満は教皇に向くのではないか。
この辺りは多少強引でもやるべきだな。責任は全て教皇に押し付けてしまおう。辛い立場に立たされるかも知れないが、全ては身から出た錆だ。最後まで面倒を見てもらう。
うん。差し当たっての基本路線はこんなところでいいか。あとは王都でゼウラシア王と詰める。
考えにひたり黙ってしまった僕を、アレックスが不安そうに見つめているのに気がついた。教皇の助命についての返答をしていない。聞きたくても、余計なことを言って怒らせたら困るという思いが、瞳の中に見てとれた。
「アレックス殿、、、、貴殿の要望は分かりました。教皇の助命に関しては、我が王と相談いたします」
ホッとするアレックスに僕は、「ただし!」と続ける。
「それは教皇が本当にルデクとの一件に関与していない場合のみです。そのためには、、、」
「そ、、、そのためには、、、」
「、、、貴方に代わりに証明してもらうことにしましょう。全てをもってルデクに協力していただきたい。貴方が知る限りのリフレアの情報を、全て隠さずに明かしてもらい、それが事実であればあるほど、教皇が我々に保護される可能性が高くなる、いかがですか?」
「分かりました。それで構いません、、、、、」
「ご理解いただきありがとうございます。貴方の情報が正確で、有用であれば、教皇のみならず、純聖会の皆様が保護される可能性も高くなる。無論、その逆も然り」
「あ、ありがとうございます! 必ずお役に立ちます!!」
「では、本日はここまでにしましょう。明日、王都に同行してもらいます。出立の準備や、お世話になった皆様へのご挨拶を」
「はい、それでは!」
最後は逃げるように退出するアレックス。僕の気が変わってはたまらないという感じだな。
アレックスが部屋を出てから、僕はラピリアに「やり方が、悪辣だったかな?」と聞いてみる。
ラピリアは「そうね」と肯定しながらも「でも、貴方の怒りは間違っていなかったと思うわ」と言ってくれた。
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後日王都に戻ってからアレックスにまとめさせた、正導会の主だった人物の中に、あの男の名前を発見した僕は、その名に釘付けになる。
サクリ=ブラディア
その文字の部分だけが、一際黒く、滲んでいるように見えた。




