【第303話】神官の願い② アレックス
ホグベック邸に到着してすぐ、ラピリアとセシリアがどんな話をしたのかは分からない。けれど、夕食の席では2人も普通に接していたし、セシリアは僕に対しても適度な距離感を持って対応していた。
一夜明け、ウィックハルトのお母様とセシリアに見送られながら、ホグベック邸を出る。領主であるデサントさんと、それからオーパさんは僕らと同行だ。
別れ際、僕の元へ小走りに近づいてきたセシリア。耳元に手を寄せて「頑張ってくださいね」と囁く。
何を? とは聞く必要がないなぁ。僕が小さく頷くのを確認したセシリアが、少しだけ微笑んで母親の元へと戻ってゆくのを確認してから、僕はアロウの背に飛び乗った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
アレックスという名のその神官は、線の細い若い男だった。朴訥な雰囲気で、助けてくれたお礼にと牧場を手伝っている様は、ここで10年働いている農夫のように見える。
アレックスは僕らに気づくと、ブルリと肩を振るわせて固まった。
僕らの一団を見慣れぬ人の中に、初対面でたまにこういう動きをする人がいる。ルファによれば、普通に怖いらしい。
ルファがそう思っているのではなく、ルデクトラドの街中で聞いてきた感想だ。食料の補充などでよく街に出かけるルファは、その人懐っこさで商店の店主などの街の人々からも人気が高い。
そんな市井の人々の情報を総合した結果が、僕らに威圧感を感じるとの事であった。
無理もない話なのだけどね。僕以外は一級の騎士だ。ネルフィアやサザビーだって実力は折り紙付き。知らない人から見たらびっくりするよね。
そんな風にルファに話したら、「そんな人たちを従えているロアが、一番気を遣うって言ってたよ」などと返され、ラピリアに笑われる。
こんなに人畜無害な人間なのにね、と言ったら、誰からも同意を得られなかったのは今でも不本意である。
ともかく、
「第10騎士団、副団長のロア=シュタインです。色々と話を聞かせてもらいますが、良いですね」
「は、はい、、、、」
牧場の応接室を借り受けた僕らは、簡単に挨拶を交わし、それから僕はデサントさんへ向き直って、退出を願う。
「デサントさん。すみませんが、一旦席を外していただいて宜しいですか? 知らせるべきことは、後ほど必ずお話ししますので」
「ええ。構いません。では我々はこれで」
デサントさんとオーパさんが部屋を出て、僕らとアレックスだけになったところで、適当に着席。
「それじゃあ、早速話を聞かせてもらいたいのだけど、まずは君がなんでこの牧場で倒れていたか、経緯を聞かせてもらおうかな。悪いけど、内容に納得ができなければそれまでだ。全て正直に話してほしい」
ゴクリ、と喉を鳴らしてから何度もこくこくと首を上下に振るアレックス。それから口を開こうとしては閉じを繰り返し、漸く覚悟を決めて言葉をこぼし始めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「私は、リフレア教会の中でも純聖会に所属する神官です。リフレアの会派についてはご存じですか?」
「いや、すまないけれど説明してもらっても?」
「簡単に申し上げれば、唯一神レゼグル様への奉仕の方法を巡って、会派が存在するのです」
リフレアが宗教国家である以上、要は政治の派閥ということか? 僕が思ったままに口にすると、アレックスは顔を顰めてから下を向いて唇を噛む。
「違います、、、、と申し上げたいところですが、今は残念ながら、ロア様の仰ったような状況にあるのは事実です。一つの巨大な会派が国を牛耳っています」
「その会派の名前は?」
「、、、正導会。。。我が国はその会派の思うがままに操られております」
「正導会とは?」
「はい。ネロ=ブラディアが率いる過激派です。彼らは自分たちの血こそ優秀であり、異国の血は人を堕落させる、そんなことを本気で信じている者たちの集まりなのです」
「そんな者たちがなんで国の中枢を?」
「正導会の主な者たちはリフレアでも上流階級。金の力で勢力を広げてゆき、気がついた時にはもう、国家の要職は全て彼らの手の中に、、、、、」
、、、、、つまり、そいつらがルデクを追い込んだ張本人ども、、、、いや、まずはアレックスの話が本当かどうかを確認するのが先だ。
「それで、アレックスは何故、ここに」
「私たちは教皇リンデランデ様と共に、人々を祈りで救いたいと願う者たちです。今のリフレアのあり方には疑問も、懸念も抱いております。このままではリフレアは貴国に滅ぼされるのではないかと」
そこで一旦言葉を切って、僕の顔色を窺うアレックス。僕は手で続けるように合図。
「あ、あのような者たちによってわが国が滅ぶ、、、もしも、滅んだらリンデランデ様はその責任を取らされるのでしょう、、、あのお方は何も悪くないのに! ただ、日々、神に祈りを捧げておられるだけだというのに!」
ただ、祈りを捧げている?
アレックスは話しながら次第に興奮してきたようだ。声が大きくなってくる。
「私たちはすぐにでも釈明に伺いたかった! ですが、正導会の監視は厳しく、到底ルデクへ行くことは叶いませんでした。ですので私たちは資金を出し合い、私に託し、ツァナデフォルへと向かったのです」
「ツァナデフォルでは真逆ではないですか?」サザビーが口を挟みながら首を傾げる。
「はい。ルデクや帝国は無理でも、ツァナデフォルへなら出ることができました。ですので私はツァナデフォルから専制16国へ渡り、そこから一路南へ」
「ちょ。ちょっと待ってください。それじゃあ、大陸を縦断してきたんですか?」
「はい、、最後はゴルベルからここに辿り着き、、、そこで力尽きてしまい、、、」
「まじですか、、、、本当だとしたら、とんでもない、、、」サザビーが絶句したところで、アレックスが続ける。
「いえ、リンデランデ様の行く末を思えば、、、、ひぃっ」
少し自分の言葉に酔っているような表情で語っていたアレックスが、こちらを見て悲鳴をあげる。
落ち着け、、落ち着け、、、、頭ではわかっている。
僕は無意識のうちに手を強く握りしめ、自分では分からないけれど、かなり険しい顔をしているようだ。
冷静にならなければならない。
けれど、僕は、今の話を聞いて、どうしても怒りを抑えられないでいた。




