【300話記念SS 平凡な日々】
こちらは300話到達記念のSSになります。
特に本編には影響ありませんが、あまり触れていなかったお話ですので、宜しければお楽しみくださいませ。
「おい、聞いたか! 10日後に決まったってよ!」
今、王都中がその話題で持ちきりである。俺たちのいる職場も例外ではなく、休みが取れただとか、交換して欲しいとか、そんな言葉が飛び交っている。
「デリクはいいよな。当然一番いい場所、押さえてもらってんだろ?」
同僚の一人がそんなふうに声をかけてきた。俺とヨルドは特別扱いであろうとの先入観からだろう。悪意はないが、そんな噂だけが事実のように一人歩きしている。
俺は曖昧な返事と中途半端な笑顔で返すに止め、早々に自分の仕事に戻った。
良い場所どころではない、俺もヨルドも、その日はそもそも休みの予定さえない。特に不満もないし、普通に仕事をするつもりだった。
第10騎士団の凱旋式典の日程が決まったのは、つい昨日の事。
デリクたちには正確には何が起きたのかはわからない。ただ、第一騎士団と第九騎士団が反乱を起こしたのは確かで、鎮圧の中心にいたのは新たな英雄、第10騎士団の副団長、ロアであるということだけは、はっきりしていた。
ロア、ほんの少し前までは同じ部屋で寝起きをして、馬鹿話をしていたはずの同僚が、今や王国の英雄様。全く実感がない。
実感がないのは本人もだ。
第10騎士団に引き抜かれてからは、中々時間をとってゆっくりと話すような機会はなかったが、それでも廊下ですれ違った時などは、昔と変わらぬ態度で立ち話に興じたことも度々ある。
というか、つい3日前にも軽く話したばかりだ。
「凱旋式があるんだけどさ、めちゃくちゃ気が重いよ」
ロアはそんなふうに言っていた。今でもあいつが騎士団の指揮官をしているとは信じられないくらいに、情けなさそうに。
「そうだ、デリクやヨルドはどうするの? もし凱旋式を見たければ、僕が場所を手配することもできるけれど」
ロアの言葉には単純に、第10騎士団の凱旋式を見たいかどうか、それだけの意味しか含まれていなかった。自分を見て欲しいとか、自慢したいとかそんなことは微塵も感じない。
「いや、人混みもすごそうだし、当日は事務方も人手不足だろうから、仕事するわ。そもそも、今さらロアの行進を見たってしょうがないだろ?」
俺の言葉も全くそのままの意味。嫉妬だとか、そんなものは欠片もない。というか、もはやすごすぎて嫉妬云々の話ではなかった。
「それもそうだね。じゃあ、また」
ロアもあっさりとしたもので、別れの挨拶をして去ってゆく。その後には、あの戦姫ラピリアと、蒼弓ウィックハルトが付き従っている。全く現実感のない風景だ。
ロアがとんとん拍子で出世してゆく中、俺とヨルドの生活が何か変わったかといえば、特に変わっていない。強いてあげれば、ロアを引き抜かれた分、ほんの少しだけ仕事が増えたくらいだ。
口さがない同僚からは「うまく取り入ればいいのに」だとか、「上手いことやったロアに切り捨てられたな」なんて言われたけれど、ロアがそれどころではなかったことは良く知っている。
第10騎士団に引き抜かれてからもしばらくは、ロアは俺たちの宿舎から通っていた。本人はただただ必死そうだったけれど、同時に、何か心に決めたように、目の中に強い光を宿していた。
少しして第10騎士団の宿舎へ移って行き交流は減ったが、その後も見かけるたびに忙しそうなロアを見て、デリクは正直、大変だなとしか思わなかった。
何せ、引き抜かれた経緯を知っている。訳も分からないままに、猛獣の檻に放り込まれたようなものだ。
デリクは今の生活に不満はない。そりゃあ、たくさん給金は欲しいし、出世できるに越したことはないが、ロアのあの忙しさをみると、こうして適度に働いて、綺麗所のいる場所で酒が飲めれば充分に幸せだ。
ヨルドも似たようなものらしい。ロアと会話した後は良くあいつの話になるけれど、「大変そうだね」と、のんびりとした口調でロアの体調を心配するばかり。
「お前も、第10騎士団に入ったら痩せるんじゃないか」と冗談を言ってみたら、ぶるぶると首を振っていた。
というわけで俺たちは2人揃って、凱旋式を見る予定もなく、当日を迎える。
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遠くから聞こえる歓声が一際大きくなった。
「城門を通過したみたいだな」
同じく居残り組となり、朝から延々と不満をこぼしながら仕事をしている同僚が呟く。上司はちゃっかり休みを取っていたので、みな気兼ねなく文句を言っている。
まあ無理もない。そもそも閑散とした職場に、熱気さえ感じる歓声が届くと、自分たちだけが楽しいことから取り残されたような気持ちになるのも事実だ。
よせばいいのに、せめて声だけでもと言って窓を開け放っているので、歓声は風に乗ってとても良く聞こえた。
「見たかったなー、ロア=シュタイン」
そんな風に愚痴る同僚も、前まではロアと同じ場所で仕事をしていたのだ。他の第10騎士団の有名人ならともかく、ロアなど別に見飽きているだろうに。
思ったままに伝えると、
「いやいや、ただの文官のロアと、ルデクの英雄、ロア=シュタインは別物だろ?」と真顔で返してくる。
何言ってんだ、と少し呆れたが、まあ、皆そんなものかもしれないな。
もう一度声が大きくなる。王の待つ中央広場に到着したのだろう。
声に引き寄せられるようにして、デリクは窓の外を見やる。雲ひとつない青空。凱旋式日和だ。
ふと、デリクはなぜロアがあれほど頑張ったのだろうかと、そんな疑問が頭をよぎった。
今度機会があれば聞いてみようか。
まだまだ忙しそうだけど、第10騎士団はしばらく王都に滞在するらしい。機会を見つけて、ロアとヨルドと三人で飯でも食いに行こう。よし、次にあったときに誘ってみよう。もしかしたら戦姫も一緒に来たりするんだろうか? それなら綺麗どころのいる場所じゃないほうがいいかな。
そんなたわいのないことを考える。
王都ルデクトラドは、今日も平和であった。
ロアの守りたかった物は、確かにここに。




