【第296話】北の大地(下) 馬車の中身
「妾に見よ、と言う物はこの馬車の中にあるのか?」
ツァナデフォルの食料問題を解決する。そのように述べたニーズホックの口車に乗って、臣下とともに外へとやってきたサピア。ニーズホックが連れてきたのは、当人が乗ってきた馬車だ。
“騎馬の民”とも呼ばれるツァナデフォルの騎士にとって、馬車を使った移動というのは如何にも時間がかかり、落ち着かないものだ。サピアにもあまり馴染みがない。
「わざわざ持ってこなければならん物なのか?」馬車を前にサピアは聞く。
「百聞は一見にしかずと申しますので」気軽に返答しながら馬車の幌を開けるニーズホック。
彼は中がよく見えるようにしてから「到着した時に既に一度検分して頂いていますが、どなたか、安全の確認を」と一歩横に避けた。
「ならば、私が」ジュベルノが名乗りを上げ、馬車に乗り込む。といっても大した広さではないし、旅装に必要なものを除けば、あるのは少し大ぶりな木箱が2つばかり。こう言ってはなんだが、とてもツァナデフォルに益をもたらすようには見えない。
「問題ありませんね」ジュベルノの返答を待って、ニーズホックが「すみませんがアタシと一緒に木箱を下ろすのを手伝ってもらえますか?」と言う。
ニーズホックの依頼に応じて、数名が手伝うために木箱に手を掛ける。「思ったよりも、中身が詰まっておるな」部下の一人がそんなふうに言いながら、協力して慎重に地面に置いた。
「では、宜しいですか?」
勿体ぶってからニーズホックが箱を開ける。サピアも思わず身を乗り出して、箱の中を覗き込むと、そこにはゴロゴロとしたこぶし程度の、、、、、
「これは、、、芋、、、、か?」
「ええ、東方諸島のトゥトゥという芋です」
「これがなんだというのだ? 芋なら我が国でも獲れる」
思ったよりも地味なものが出てきて、サピアは少しがっかりする。けれど、ニーズホックは気にせずにサピアに質問してきた。
「この大陸で獲れる芋といえば、ザクバンですね」
「そうだ」
ザクバンは甘味としては大変美味いものではあるが、いささか甘味が勝ちすぎる。トゥトゥという芋も同じものであれば、これを主食にしようとは到底思えない。特に、塩辛いものが好まれるツァナデフォルではなおさらだ。
「では、ザクバンはツァナデフォルで年に何回、収穫ができますか?」
「、、、、、上手くやって、2度、だな」
これはツァナデフォルに限ったことではない。ザクバンは年に2回の収穫。さらにいえば、暖かい場所で育ちやすいザクバンは、ツァナデフォルではそれほど育てている農家もない。
「上手く育てれば3回です」
「何?」
「トゥトゥは計画的に育てれば、年に3回収穫できます。そしてさらに、この芋は寒い方が、育つ」
「なんだと? 妾を謀っているのではないのか?」
そんな美味い話があるわけはない。サピアは急速に不信感を強める。
「、、、、正直に言えば、アタシは知りません。全てロアの、、、我が国の軍師の言葉です」
「なら、、」
「ですが!」
サピアが何か言いかけたところに、ニーズホックが被せるように強い口調を発すると、それから一転、とても穏やかな声音で
「アタシはロアを信じています。この命をかけても構いません」と言い切った。
「、、、、、、」
サピアはニーズホックを睨むように見つめる。
ニーズホックがルデクで第二騎士団の団長を担っている事。第二騎士団を騎馬部隊として鍛え上げたのがニーズホックの父、ワーグナであり、ニーズホックも父に遜色ない騎乗技術を誇る事。ゆえに、ルデクでも一目置かれる存在である事はサピアも聞き及んでいる。
ニーズホックがルデクでも一廉の人物であることは分かっている。その人物にここまで言わせるロアという人物に、サピアは少し興味が湧いた。
しかし、それとこれとは話は別だ。
「、、、、そのような荒唐無稽な話を信じろと?」
「今、信じていただけるとは思いません。だからこそ、ここに現物を持ってきたのです」
「、、、、これから育ててみよ、そのように申すのか? だが、それは悠長に過ぎぬか? 貴国とリフレアは一触即発、貴国が宣戦布告しているからな、、、それからはっきり言えば、我が国はリフレアから救援依頼を受けておる。そして依頼に応じるつもりである。結果が出るまでに戦が始まるぞ?」
「戦いはもう少し先になります」
ニーズホックは断言する。
「なぜだ?」
「ロアがそうするから、としか言いようがありません」
「、、、、随分と、その軍師に心酔しているようだな」
「ええ。アタシが初めて完敗した相手です。全ての意味で」
「完敗?」
なんのことだ? 模擬戦でも行ったのだろうか。
「さ、まずはこの芋の味を試してみませんか? 話はそれからでも遅くないでしょう? もちろん最初はアタシが口にします。サピア様も毒見をご用意いただいても宜しいでしょうか」
どうにもニーズホックの主導で話が進むことに、若干の気に食わなさを感じながらもサピアは同意する。
正直に言えば、芋の味は気になっていた。
簡単に火を通しただけのトゥトゥは、なるほど確かにザクバンとは完全に違うものだ。食感はザクバンよりやや粉っぽく、甘味はない。祖国の山で獲れた岩塩をかけると、実にいい塩梅の味わいで、肉との相性も良い。
周囲を見渡してみればどの臣下も満足そうだ。これは民にも受け入れられる味であろう。単に焼く以外の方法も考えられるのではないか?
「今なら焼く以外の調理方法もお教えしますよ」
サピアの考えを読んだかのようなニーズホックの言葉にサピアは少し負けた気がして、乱暴にトゥトゥを口に放り込むのであった。




