【第295話】北の大地(中) ホッケハルンでの依頼
前線にいたニーズホックが、ホッケハルンの砦に呼び出されたのは、クラザの花が咲き誇る季節のこと。
指定された一室で待ち受けていたのは、ロアとウィックハルトだけだった。
「すみません。ホックさん。僕らがオークルまで行ければよかったのですけど、、、」
申し訳なさそうなロアに、ニーズホックは首を振る。
「アタシよりも明らかに忙しい貴方が、わざわざオークルまで来る必要はないわよ。この様子だと随分と内密の話なのかしら?」
「まあ、そんなところです。とりあえず座ってください。今お茶を用意しますから」言いながら立ちあがろうとするロアを「私がやりましょう」とウィックハルトが制した。
ここの主従関係もすっかり馴染んだ感じよねぇ。
ウィックハルトの用意してくれたお茶を一口含む。急ぎ馬を走らせてきた身体に染みる。
ほっと息を吐いてから、ニーズホックは「早速だけど話を聞きましょうか?」と居住まいを正してロアを見た。
「実はですね、ツァナデフォルに向かってもらいたいんです」
「ツァナデフォル? なぜかしら?」
「ホックさんは、今のツァナデフォルとリフレアの関係について、どう思われますか?」
ロアの質問に、ニーズホックはしばし天井を仰ぐ。幼い頃に離れた場所とはいえ、ニーズホックにとっては生まれ故郷だ。祖国の噂は自然と耳立ててきたけれど、、、、
「、、、、、特に何かあるとは思えないわね」
帝国とツァナデフォルは戦っているが、リフレアはそこに介在していない。
ニーズホックの知る限り、ツァナデフォルとリフレアが連携しているようにも見えなかった。敵対はしていなかったろうが、とりわけ近い関係とも思えない。
「それって、おかしいと思いません?」
「何がかしら?」
「ここまでリフレアは、ルデク、帝国、ゴルベルの全てに何かしらの策謀を巡らせていました。そんなリフレアがツァナデフォルにだけ何もしていない事が、です。そもそも、ツァナデフォルと帝国は、ツァナデフォルから戦いを始めましたよね? なぜでしょう?」
「帝国が領土を接したからではないのかしら?」
「それだけでしょうか? ツァナデフォルの動きは、随分とリフレアに都合が良いと思いませんか? 帝国は大陸支配を目指して覇道を突き進んでいました。戦略的に考えれば、攻めにくいルデクや、勇猛で知られるツァナデフォルよりも、リフレアに攻め入った方が良いんです」
「けど、リフレアと帝国には密約があったのでしょう?」
「その密約ですが、ツァナデフォルとの開戦後に交わされたようです。リヴォーテやエンダランド翁に確認が取れています。ツァナデフォルと開戦してから、リフレアの使者が来たと」
「つまり、ロアは帝国の眼をツァナデフォルに向けさせるために、リフレアがツァナデフォルを動かしたと言いたいの?」
「それがリフレアにとって、一番都合が良いという事です。ツァナデフォルは武勇に知られた国ですが、単身で帝国に噛み付くのは流石に無理というか、無謀です。リフレアの支援を見込んでの開戦だったのでは、と僕は考えています」
ロアにそのように説明されると、確かに不自然な気がしてくる。色々と裏で画策するリフレアが、ツァナデフォルにだけ何もしていないというのは違和感があるわね。
「リフレアとツァナデフォルが繋がっているとすれば、今回の戦いに参戦してくるかもしれません。こちらとしては、それは避けたい」
ツァナデフォルの兵は、リフレアよりも強い。リフレアの援軍となれば、ルデクには大きな逆風が吹く。
「なので、ツァナデフォルと交渉をしたいんですよ。リフレアとの戦に介入させないために。リフレアに気づかれないように、密やかに。そこでホックさんにひと肌脱いでもらいたいのです。単身ツァナデフォルに向かい、彼の国の女王に会ってもらえないかな、と」
ツァナデフォルも同郷の相手なら、そこまで無下にしないだろう程度のもので、なおかつ危険も伴うかもしれませんが、、、、と少し申し訳無さそうにしながら、ニーズホックに頼むロア。
ニーズホックとしては、断るつもりなどハナからない。どんな無茶でも、聞いてやるつもりでこの場にいるのだ。
「いいわよ。それで、何を交渉しに行けば良いのかしら?」
ロアのほっとした顔を見て、本当にこの子は、命令すればそれで済むのに、、、と密かに苦笑するのだった。
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「つまり、ただ、ツァナデフォル出身というだけの理由で、貴殿をこの場に寄越したのか?」
経緯を聞いたサピアは少々呆れる。あまりにも安直ではないか。
「ですが、サピア様は興味を持ってくださいました」
ニーズホックにそのように返されて、サピアは顔を顰めた。悔しいが、かつての臣下の息子が単身やってきたという事実は興味を引いた。単身であれば危険もなかろうと、会う事にしたのだ。ロアという男の言う通りになってしまった。
「まあ良い、貴国の提案を聞くだけは聞いてやる。さっさと話せ」
少し悔しそうな口調になったサピアを、ニーズホックは先ほど同様に穏やかに見る。
「サピア様。ツァナデフォルはリフレアに何か弱みを握られておられるのですか?」
「、、、、答える必要のない問いだな」
にべもない返答にもニーズホックは表情を変えずに続けた。
「おそらくですが、それは食料問題ではないですか? 私の祖国は青い山々が連なる美しい国ですが、それゆえに耕地が少ない。何かそのあたりに事情があるのではと当国の軍師が憂いておりました」
「他国の軍師に憂いてもらう必要はない」
なるほど、読めてきた。食料を供給するからこちらに付け、そう言うことか。実質的な従属先が変わるだけなら、興味もない。
つまらない気分になったサピアに、ニーズホックは尚も続ける。
「、、、、、今後、ツァナデフォルが他国に頼る事なく、食料を確保できる方法がございます」
「何?」
聞き間違いかと思ったが、ニーズホックは再度、述べる。
「ツァナデフォルの食料問題を解決するための物を持ってきました。一度、ご覧いただけませんか?」と。




