【第290話】ゾディアック家の人々10 顛末
「テレンザ殿が? 直接ここに?」
キンズリーは極めて不快そうに顔を顰める。
何かあったのは明白であろう。しかも、良くない方向にだ。加えて馬鹿が短慮をおこして、よりにもよって王都にやって来てしまった。
「用件は聞いているか?」
「とんでもない相手を怒らせてしまった、話が違う。なんとかしてほしいと訴えております」
「とんでもない相手?」
キンズリーには心当たりがない。今回の策を実行するにあたって、ラピリアの身辺はきちんと調べた。その上でラピリアと恋仲にあるような人物は浮かび上がってこなかった。
特にラピリアと近しく、親しいロア=シュタインと、ウィックハルト=ホグベックについては人をつけておいたが、時折食事や酒の席を共にすることはあっても、一夜を共にする関係ではなかった事は確認済みだ。
では、怒らせてまずい相手とは誰だ? あり得る話といえば王族。ゼランド王子か? いや、流石に違うか。では、ゼウラシア王? こちらも考えにくい。ラピリアが王の愛妾などと言う話があれば、私が知らぬはずがない。そもそも王と妃の仲は良好だ。
残るは、”こちら側”ではない有力貴族の誰か。しかし、ラピリアは主だった中央貴族の縁談は軒並み断っている。手頃な家は思いつかない。
テレンザに会えばすぐに分かるが、、、、、こんなところへ安易に来るような人物だ。道中、どこでどんな人物に見られていたか分かったモノではない。危険すぎる。
「私は不在だ。良いな」
「畏まりました。他にお伝えすることは?」
「怒らせたという人物の名前、それから必ず助けてやるから、そのためにも、王都にいるいくつかの貴族に挨拶回りをしてから帰還せよと言え」
「理由を聞かれましたら?」
「話す必要はない。必要なことだと言って押し通せ」
「はい」
執事が消えると、キンズリーは窓からそっと外を見る。
戻ってきた執事と少々の押し問答をして、項垂れながら帰るテレンザの姿が見えた。
これで一応、王都の挨拶回りにテレンザが来たが、自分は外出していたため会っていないという理由づけはできた。
「困ったものだ」
今回の策は失敗だ。サクリの依頼を遂行するためには、別の方法を講じねばなるまい。
ーロア=シュタインおよび、その周りを弱体化させよー
それがサクリの希望であった。もっとも手っ取り早いのは毒殺であるが、ロアという人物は貴族との付き合いが薄い。呼び出すのも難しければ、こちらの息のかかったものを送り込むのも困難だろう。
特にレイズが戦場で倒れて以来、第10騎士団の警戒心は高い。
故に、こちらが手を出しやすいゾディアック家から崩そうとしたのだが、、、、
次は、どうするか。本来であれば、サクリと相談したいところだが、まだキンズリーもそこまで自由に動ける身ではない。リフレアに手紙を送るのは最終手段にしたいところだ。
「、、、、まずはあの馬鹿の後始末か、、、、」
キンズリーは窓から離れる。
屋敷の外から、キンズリーをじっと見つめる視線には気付かぬままに。
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テレンザの襲来からさらに数日、僕らはゾディアック家のお世話になり過ごした。せっかくだからと家人に強く引き留められたためだ。
おかげでゾディアック家の人々とは随分と親しくなれた気がするけれど、流石に長逗留にすぎる。ラピリアを残して僕らだけでも帰ろうかと相談したところ、結局ラピリアの意向で一緒に帰ることになった。
「もう帰っちゃうの?」と名残惜しそうなレアリーやビリアンに「また来るね」と挨拶を交わし、僕らはゾディアック家の人々に見送られて王都へ。
王都へ戻るとすぐに、ネルフィアが部屋にやってくる。
「キンズリー=インブベイでした」
その一言でなんのことか分かった。
「ダーシャ公は、なんて?」
「キンズリーからなんらかの指示を受けたことは無いそうです。ざっと調べてみた限り、やはり別ルートの繋がりがある可能性が高そうです。どうしますか?」
「王は?」
「立場を考えれば、このままにはして置けないと。強い処分を希望されています」
「、、、分かった。王の意向の通りで僕は構わないよ」
内通者ならダーシャ公がいれば十分だ。それに王が言う通り、立場を考えれば泳がせておくのは危険な人物である。今回のやりようも、あまり気分の良いものではなかったし。
「では、この件は我々の方で処理します」
そう言い残して退出してゆくネルフィア。
それからさらに数日後のことだ。
貴族院の一人であったキンズリー=インブベイが、病により逝去したと発表されたのは。




