【第288話】ゾディアック家の人々⑧ バーミトン家の使者
裏切り者の貴族の刺客とも言える、バーミトン家の使者がやってくる日になった。
ゾディアック家は、僕とラピリアの婚約を認めるということで意見は統一されているので、あとは丁重にお帰り頂くだけである。
尤も、ベルトンさんだけは不承不承だけど。
「お見えになりました」シークックさんが伝えると「通しなさい」と重々しく答えたベルトンさん。
出迎える応接室にはベルトンさんとリウラさんのみが待ち構え、僕らは隣室で待機。どのようなやり取りが行われるのか、息を潜めて耳を傾ける。
「ほう、テレンザ殿自らお見えになるとは。ご足労申し訳ない」
声だけ聞くとちゃんとした貴族っぽいベルトンさん。
「いえ、未来の花嫁のためですからね。なんのことはない」
そんなやり取りが聞こえ、僕が小声で「誰?」と聞くと「件の縁談相手本人です。まさか本人が来るとは」とサザビーが説明してくれる。
「知らなかったの?」ラピリアに小声で突っ込まれるも、「そういえば聞いてなかった」とボソボソ返す。
そうこうしている間に挨拶は終わったようだ。
「さて、では、答えを聞かせていただきましょうか」とテレンザの声が聞こえる。
「いやはや、まだお着きになられたばかりでしょう。まあ、宜しい。残念ですが、この度の申し出、謹んでお断りさせて頂こうと思っております」
「なんと! ベルトン様ともあろうお方が、これ以上ない良縁を断るとは!? このままではゾディアック家は反逆者の誹りを受けるのですよ? 私たちが庇うのにも限界というものがございますぞ!」
最後は語気を荒らげて、ほとんど脅しのような口調だ。
「、、、、バーミトン家ほどの方々が、当家にお気遣いいただいているのはありがたいことではあるが、実は、娘にその話をしたところな、既に意中の相手がいるというのだ」
「今まであらゆる縁談を断り続け、鋼姫と呼ばれるラピリア姫がですか?」
鋼姫って、、、チラリとラピリアを見ると、ムッとした顔で僕の頭を軽く叩いてくる。僕が言ったわけじゃないのに。
「左様ですな」
「さて、あのラピリア姫を射止めるような御仁がおられましたか? もしかして、縁談を断るために嘘をついているのでは? もし、そこまで私を厭うというのなら、私もラピリア姫の気持ちを尊重したいとは思いますが、、、、」
「そうですか」
「しかし、それならばそれで、レアリー様との縁談といたしましょう。私はそれでも全く構いません。先々のことを考えれば、当家との縁を深めておくのはゾディアック家としても悪い話ではないでしょう?」
やっぱり早々に狙いをレアリーに切り替えてきたな。下衆め。
「いや、それも不要ですな。ラピリアのお相手は実在するので」
「ほお、では、そのお相手とやらに会わせていただきましょうか? もしも嘘だった場合は、いよいよ我々も、ゾディアック家に内通の疑いありと、王にお話ししなくてはならなくなるやもしれません」
もう完全に脅迫である。
「もちろんです。ちょうど先日、娘が婚約者を連れて帰って来たところです。今呼びますので、少しお待ちを。せっかくですからお茶もいかがですかな。良い茶葉を用意しましたので。シークック、二人をここへ」
合図が聞こえたので僕とラピリアだけ裏から部屋を出ると、シークックさんがやってくるのを待った。
すぐにやってきたシークックさんに連れられて、応接室へ足を踏み入れる。そこには腕と足を組んで、随分と態度の大きな青年の姿があった。これがテレンザか。
他にも護衛と思われる者たちが4人。いずれも中々の体躯をしているので、応接室が全体的に暑苦しい。
テレンザは部屋に入ってきた僕を、下から上まで品定めすると、はん、と鼻で笑う。
「ベルトン殿、まさかとは思うが、そこの貧相な平民風情が、花婿候補とでもいうのではないだろうな?」
おおう、えらい言われようである。確かに僕は由緒正しい平民だけどね。
「テレンザ様、あまり人を外見で決めつけない方がよろしいかと存じますわよ」ここまで沈黙を保っていたリウラさんがやんわりと窘めるも、テレンザは止まらない。
やおら立ち上がり、僕に近寄ると「ふむ。いかにも冴えない風貌、君、今回のためにお金で雇われたのだろう? いくらだ? その倍払ってやるから早々に辞去するがいい」とのたまう。
とくに腹を立てるほどでもないけれど、このまま調子づかせるのも良くないなぁ。さて、どうしたものかな?
僕が対応を考えている間に、先に動いたのはラピリアだ。黙ったまますっとテレンザの横に立つ。
「おお、ラピリア姫も流石に無理だと観念されたようだね、、、さあ、き、、、っ!!??」
テレンザが最後まで言い終わらぬうちに、ラピリアがテレンザの足を跳ね、体勢を崩したテレンザを瞬く間に床に押し付けた。
「何をする!!」
いきりたつテレンザの護衛を「黙れ!! これよりこのお方を愚弄すれば、バーミトン家であっても無事では済まんぞ!!!」と一喝するラピリア。一番びっくりしているのはなぜかベルトンさん。
「離せ! いくらラピリア姫とてこの所業は許さんぞ!」と床を舐めながら騒ぐテレンザに、ラピリアは口を近づけて言う。
「本当に知らぬか、良く聞いてから考えよ。こちらのお方はロア=シュタイン様である。聞き覚えないか?」と。
即座に反応したのは護衛たちの方だ。武器を掴みかけたまま止まっていた両手を、素早く天井へ上げる。顔色は真っ青だ。
少し遅れて「ロア、、、、、シュタイン、、、、まさか、、、第10騎士団の、、」と言いながら大人しくなるテレンザを見て、ラピリアはゆっくりと手を離す。
呆然としながら起き上がり、座り込んだテレンザは、そのままの体勢で僕へ「本当に?」と聞いてきた。
「第10騎士団、副団長のロア=シュタインです。初めまして」と改めて僕が挨拶をすると、みるみる顔色が悪くなる。
「う、、嘘だ」と言いながら、少し後退りをして、ソファのヘリを頼りに立ち上がるも、すぐにへたりこむ。足がガクガクしてまともに立っていられないみたいだ。
「嘘だ」
もう一度否定の言葉を吐くテレンザ。今度の言葉には、嘘であってほしいとの願いが込められている。
「今は身分を証明するのはこれくらいしかありませんが、、、、」
僕が差し出したのは指輪だ。四つ目獅子の刻印が入っている。この指輪は王が副団長に預ける証明書のようなものである。貴族なら知らないはずはないだろう。
「ひいっ」
指輪を見て、まるで悍ましいものでも見たようにのけ反るテレンザ。
キリがないと思ったのか、こほんと咳払いをしてベルトンさんが口を挟んだ。
「さて、これでご納得いただけましたかな? 王の信頼厚い英雄、ロア=シュタイン公が娘の良き人です。婚儀で当家の忠誠を示せというのであれば、これ以上のご縁はないように思いますが?」
「そそそそそそそうでで、すな、、、い、いやあ。貴殿があの英雄、、、、良く見れば、実に高貴な雰囲気を纏っておられる。いや、昨日少々酒が過ぎましてな、、、寝不足と、それから熱もあったので、つい思ってもいないことを口走ってしまったかもしれませんが、決して本意ではありませんので、、、、」
言い訳にしたって、婚約の申し出の前日に深酒をしていたのはどうかと思うけれど。
「それは大変だ。ベルトン様、、、、いや、御義父様。テレンザ様がお休みになれるようにお部屋を用意して差し上げてはいかがです」
僕が芝居がかったことを口にすると、テレンザはものすごい勢いで首を振る。勢いで一回転しそうで怖い。
「いやいやいやいや結構! 私は大丈夫です。しかしゾディアック家やロア様にご心配をおかけするのは大変心苦しい。申し訳ないが、私はこれで辞去させていただこうと思う」
言うなり応接室を飛び出すように出てゆくテレンザ。
護衛も慌てて追いかけてゆく。
玄関でごつんと大きな音がする。転んだんじゃない? 大丈夫かな?
少し静かになった応接室で、僕はラピリアに自分を指差しながら聞いた。
「そんなに怖いかな?」
揶揄うような、でも魅力的な顔のラピリアが、
「そうねえ。少なくとも、名家が簡単に潰される心配をするくらいには怖いのかもね」
と、全く心外な言葉を返してきた。




