【第283話】ゾディアック家の人々③ 実家にご挨拶
ルデクの貴族は大きく分けて4つの地域に分かれる。
特にヒューメットの影響が大きかった北部貴族。
次にヒューメットの謀略によって、傘下に加わっていた東部貴族。
そして、ヒューメットの影響は少ないが、同時に際立った大貴族もいない西部貴族。西部貴族にはウィックハルトの実家、ホグベック家も含まれる。
最後に王都の周りにいる、中央貴族の4つ。
ルデクに南部貴族は特例を除き存在しない。最重要拠点であるゲードランドから王都ルデクトラドまでの大半の領地が王家の直轄地となっているためだ。
僕らがゲードランドに訪問する際に宿泊しているルエルエなども、直轄地の街である。
ちなみに南部の特例とはザックハート様のことだ。長くゲードランドの守護者であったザックハート様だけは、あの辺りに領地を所有していた。
中央の貴族は、王族に近しい血縁の一族であったり、王家への貢献の厚い家が集まっている。
中央貴族のみ、領地を持つ貴族はそれほど多くない。領地を持たず、王家からの分配金で家を維持するのが中央貴族の大半だ。
騎士団長としてシュタイン領を拝領した僕や、肩書き貴族のネルフィアも立ち位置的には中央貴族の1人となる。
領地を持つ数少ない中央貴族のひとつが、ゾディアック家。元々地方貴族であったけれど、ラピリアの祖父、ビルドザル=ゾディアック様の功績によって、中央に配置換えされた。
その際に王族の一人を妻に娶っているため、ラピリアには”姫”を使った戦姫の異名がついている。
中央貴族と言うだけあり、王都からそれほど遠くない場所に領地がある。余裕を持って日の出とともに出発すれば、それほど遅くならずに辿り着ける距離。
早朝でも、息も白くなることは無い季節。それでも冷やされた空気を大きく吸い込むと、頭の中がスッキリして気持ちが良い。僕らは言葉少なに朝焼けの中を駆ける。
昼に一旦休憩をして、目的地へ真っすぐに進んだ。
「見えてきたわよ」ラピリアの言葉に先を見れば、小さな山の斜面に貼り付くように街があった。一番上には一目でわかる立派な館。あれがラピリアの実家だな。
街の名前は、確かボーゲンデン。僕も訪れるのは初めてだ。
、、、、いや、正確には、かつての未来で一度足を運んだことはある。ルデクが滅んだ未来では、ここもまた、灰燼に帰していた。
徹底抗戦の末か、それとも別の理由でリフレアが火を放ったのかはもう知る術はない。とにかくその場所には、真っ黒に焦げた山の斜面しかなかったのは確かだ。
かつて見た記憶と、今、穏やかに立ち並んでいる街並みを比べ、少し感慨深い気持ちになる。
「どうしたの?」
ぼうっとしている僕に、ラピリアが声をかけてくれたけれど「なんでもないよ」とだけ答えた。ラピリアが知る必要のない未来の話だ。
街に入るとすぐに「姫様!」「姫様だ!」「姫様がお帰りになられたぞ!」と各所から声が飛ぶ。その都度ラピリアは恥ずかしそうに「姫はやめて」と否定しながら、それでも嬉しそうに声に応じる。
この僅かなやり取りだけで、住民とゾディアック家の関係性が伝わってくるようだ。
騒ぎに呼応するように、一番上にある館の扉が早々に開かれると、そこから小柄な影が2つ飛び出してきた。
「姉様!!」
「ラピリア姉様ー!!」
真っ直ぐに走ってくる2人に向かって、「レアリー、ビリアン!!」と、馬を飛び降りて近寄るラピリア。
僕らも途中で馬の足を止めて下馬して、ラピリアにじゃれついている少年少女へゆっくりと歩み寄って行く。
僕らの姿をようやく視界に入れた二人。
最初に弟のビリアンが近づいてきて「ロア殿ですよね! 初めまして! ビリアンです」と元気よく挨拶。元気があって良いね。
一方、少し遅れてきたレアリーは、僕の前に立って両手を腰に当てて、僕を睨む。
「貴方がお姉様を誑かした男ね! 私がしっかりと吟味してあげるから、気を抜かないことね!」と高らかに宣言する。
「ちょっと! レアリー!?」
後ろでびっくりするラピリアに振り向くと、
「お姉さまに相応しい男か、わたくしが判断します! レアリーに任せて!」と決意表明。
ラピリアは僕に申し訳なさそうに視線を向け、若干微妙な空気が漂った。そんな状況を打破したのは、僕らの連れてきた最終兵器、ルファである。
「貴方がレアリーちゃん? 初めまして! 私はルファ! ラピリアお姉ちゃんのお友達だよ! 仲良くしてくれると嬉しいな!」
ルファの屈託のない笑顔に気押されるように、「よ、よろしく、、、」とかろうじて挨拶するレアリーに、ルファが畳み掛ける。
「私、この街に来るのすごく楽しみにしていたの! 普段あんまり歳の近い子っていないから。ね、おうち、案内してくれる?」
「う、うん。そうね。こんな場所でごめんなさい。まずはお家に案内するわ」と、完全に気勢を削がれたレアリー。
さすがルファ。ルファ様々である。
こうしてようやく館の門をくぐると、そこにはラピリアの両親と思しき男女が玄関まで出てきていた。
「お父様、お母様、ただいま戻りました」
キリッとした顔で帰還を告げるラピリア。
「お帰りなさい。皆様も、こんな場所までご足労いただきありがとうございます。貴方がロア様ですか?」
ラピリアによく似た女性が、僕にゆっくりと一礼。年齢を感じさせない容貌で、下手すればラピリアの歳の離れた姉、と言っても通用しそうな美しい人だ。
「こちらこそ、急な訪問ですみません。お世話になります」と挨拶を返すと、やわらかくにこりと笑う。ラピリアが騎士でなかったとしたら、こんな感じなのだろうか。
そんな妄想をしていた僕へ、ラピリアの父上が近づいてくると、僕に対してひと睨み。それから左手を腰に当てて、右手は僕を指差しながら
「貴殿がロア殿か。用件は聞いているが、答えはラピリアに相応しい男かどうか、まずはじっくり吟味してからだ! 簡単に認められると思うなよ!」と高らかに宣言。
なるほど、よく似た親子ですね。
父親の横で頭を抱えるラピリアを見て、僕も苦笑するしかないのだった。




