【第279話】シュタイン邸とクラザの木(上)
「遅いぞ! 随分と待った!」
元レイズ様の邸宅、今は僕が管理所有をしているシュタイン邸の前で、僕らを出迎えたのはリヴォーテだ。
リヴォーテ以外に、ルファとディック、フレインとリュゼルも一緒。
「先に家の中で待っていてくれれば良かったのに」と僕が言うと、「主人がいないのに先にお邪魔するのは私の礼儀に反する」と返ってくる。この辺りはリヴォーテなりの、拘りがあるらしい。
ホッケハルンの砦での用を済ませた僕は、その足でシュタイン邸を訪れた。一応家主なのでたまには家の様子を見ないとだし、実質的に管理してくれている使用人の人たちとの今後の打ち合わせのためだ。それからもう一つ、、、、
「お花見、楽しみだね!」
屈託なく笑うルファが言う通り、シュタイン邸の庭には見事なクラザの木があるという。
クラザの木は、春の終わりの頃、小さくて淡い黄色の花を咲かせる。満開のクラザの花はそれは美しく、人々の目を楽しませてくれる。
流石、英雄レイズ=シュタインの邸宅だっただけあって、シュタイン邸には広い庭がある。この一角にクラザの木の密集地があり、花咲く時期限定で四方を黄色で包まれた休憩所が誕生するのだ。
邸宅の管理責任者であるキンドールさんから、手紙で「お忙しいことは存じておりますが、一度是非」とのお誘いを受けて、こうして足を運んだのである。
せっかくだからと言うことでルファ達も誘い、現地で合流の運びとなった。ただし、別にリヴォーテは誘っていない。
リヴォーテは最近ルファと共に第10騎士団の詰所でお掃除に凝っている。さながら鋭見のリヴォーテと言うよりは、お掃除のリヴォーテさんといった風。
もちろん、あの皇帝の側近が単純に子供との約束を守っているわけではないだろう。ルファと掃除をしていると言う体を装って、第10騎士団の動向に探りを入れているのは明白だ。
とりあえず隠すようなことはないので、こちらとしても自由にさせている。詰所も綺麗になるし。
で、そんなリヴォーテをルファが誘ったのだ。あの鋭見のリヴォーテと簡単に仲良くなるとは、コミュニケーションお化けである。
ちなみにホッケハルンに僕と同行していたのは、ラピリア、ウィックハルト、双子の4人。今回はネルフィアもサザビーもいない。2人は今、貴族絡みで色々と忙しい。
「ああ、ロア様。おかえりなさいませ!」
僕らの騒ぎを聞きつけたキンドールさんが駆け寄ってくる。
「キンドールさん、お久しぶりです」
「お客様を外で待たせてしまい申し訳ございません」とキンドールさんは頭を下げるけれど、リヴォーテが勝手にやっていることなので咎めるようなことはない。
「特に変わったことはありませんか?」
「お陰様で、何も」
キンドールさん達には結構な迷惑をかけた。レイズ様の死の偽装の件だ。
シュタイン邸の使用人の人たちは、ある日突然、大怪我を負ったというレイズ様が運び込まれ、しかし会うことも許されず、なおかつ第10騎士団の取り囲む館にしばらくの間軟禁状態にあったのだ。
そしてレイズ様の死が公表されると、今度は主人との別れも許されず、レイズ様も、護衛にあたっていた第10騎士団の兵士たちも、まるで煙のように消えてしまった。
実際のところレイズ様の遺骸はこの場にはなかったので、強引なのは承知の上だが、仕方ないところだった。
しかし彼らが、今後がどうなってゆくのか、大きな不安の中で生活していたのは想像に難くない。
シュタインの名を継いだ僕は、合わせてレイズ様の領地を引き継ぐことになった。
といってもレイズ様の領地には住民はいない。邸宅以外はそれほど広い領地ではないのだ。
王いわく、「貴族のやっかみ」を避けるためにレイズ様が望んだのだという。
つまり、シュタイン領には税収などが存在しない。使用人は全てレイズ様個人の資産で雇われていた。
僕はそのやり方を踏襲した。僕の給金から引き続き全員を雇うことにしたのだ。これは、下手に他の場所に行った使用人から、レイズ様の死への疑問などが漏れることを避けるためでもあった。
既に公開された情報ではあるけれど、それは真実ではない。できればおかしな話は出回らないほうが良い。
それに僕はこの邸宅をほとんど使っていない。管理する人がいなければ瞬く間に廃墟だ。これだけの邸宅を荒れるに任せるのは忍びない。
キンドールさんの報告に特に問題がないことを確認した僕は「それなら良かったです」と労う。
「さ、まずは皆様、中でお休みください」と、キンドールさん。その頃には馬を引き取るために他の使用人の人たちもやってくる。
こうして僕は、久しぶりにシュタイン邸に足を踏み入れることになった。
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「おい、あのでかい建物はなんだ?」
早速、レイズ様の兵器置き場に目をつけたリヴォーテが、指差しながら聞いてくる。興味津々である。
「あれはレイズ様の研究室です。流石にリヴォーテ殿には見せられませんよ」と伝えると「そうか」とあっさりと引き下がる。
普段僕が滅多に来ないことは既に知っているので、それほど重要な建物だとは思っていないのだろう。
「クラザの花の庭、、、、もうあれから一年経ったのね、、、、」
少し感傷的なのはラピリアだ。ラピリアは毎年レイズ様に誘われて、グランツ様と一緒に花見を楽しんでいたと聞いた。
わずか一年、にも関わらず、ラピリアを取り巻く環境は大きく変わった。もちろんそれは、ラピリアだけの話ではないけれど。
「ラピリアお姉ちゃん、今日は特別なジャムを作ってきたよ!」
ラピリアの気持ちを汲み取ったルファが、努めて明るくラピリアに声をかける。ラピリアもルファに微笑んで「あら、それは楽しみね」と二人で手を繋いで庭へと歩く。
「しかし、立派なものだな」
「ああ、俺も初めて入った」
と言葉を交わしているのは、フレインとリュゼル。聞けば、シュタイン邸にきたことのある人間は、第10騎士団でも数えるほどしかいないという。
リヴォーテ同様に興味津々に周辺を見渡しながら歩を進めている。
静かだと思ったら双子がいない。キンドールさんに聞くと「料理とお酒を確認すると仰られて、厨房へ向かわれました」とのこと。あ、そう。
「あちらになります」
キンドールさんの案内の先には、満開のクラザが僕らを待ち構えてきた。
「ほお、これは見事なものだな」思わずといったふうにリヴォーテが呟くと「内側はもっと素晴らしいです」とキンドールさんが少し胸を張る。
そんなキンドールさんの言葉に背中を押され、囲いの内側に入れば。
「、、、、これは、、、、、まるで妖精の踊り場のようだ、、、、」
リュゼルが柄にもない言葉を呟くくらい、幻想的な空間が広がっていた。




