【第278話】思惑(下)
「傍観で良いと申すのか?」
ルブラル王サージェバンスは、少々不可解な面持ちで、ヒーノフに言われた言葉を繰り返す。
「もちろん、戦いに参加いただいても問題ございません。ルデクの横腹を食い破れるとご判断されれば、ご随意に。貴国が制圧した領土に我々は一切の文句を申さぬことをお約束申し上げます」
ヒーノフの提案は「何もせずとも良い。ルデクが弱ったら攻めてもいいし、攻めなくてもいい」と言う拍子抜けするもの。
「我が国がルデクを破り、なお、帝国が動かぬのであれば、それが帝国の動かぬ最大の証左でございましょう。貴国はそれを確認してからゆっくりと動かれれば宜しい」
ここまで自信を持って宣言するのであれば、リフレアは本当に帝国は動かないと確信しているのか?
帝国が参戦しないのであれば話は大きく変わる。しかも、ルブラルが参戦するのは勝ち馬が決まってからで良いと言うのは悪くない。
リフレアが負けたら見捨てれば良いのだ。何事もなかったように、ルデクに戦勝祝いの使者でも送ってやれば良い。
しかし、リフレアがここまで譲歩している理由はなんだ? と、考えてサージェバンスはハタと気づく。ははぁ、さては我が国がルデクに靡くのを止めたいのか。ふむ。なるほど、これは使えるな。
正直、今のところサージェバンスにはルデクに媚を売るつもりはない。ここで友好の使者など送れば、ルブラルがルデクの風下に立っているようにしか見えん。国土の広さであれば、今までルブラルとルデクは同格であったのだ。
ゆえに結果が分かってから動く。ルデクが勝っても戦勝祝いの使者なら自然だし、きっかけとしても適当であろう。
その後もしもルデクが攻めてきたら、、、、その時は西のシューレットや北の専制16国との連合を考えても良い。ルブラルが攻められれば他の国々も他人事ではないのだ。
リフレアが勝てば、その時はルブラルも参戦してルデクとゴルベルを喰らう。
旧ゴルベル領と残ったゴルベル領をルブラルのものとすれば、一気に大国に成り上がる。ついでに西のシューレットも飲み込んで、帝国と大陸の覇権を争っても良い。
とにかく待てば、ルブラルの都合の良いようにできる。ゴルベルの前王、ガルドレンを売り渡したその代価としては十分であろう。
「うむ。使者殿の話は分かった。ガルドレン公も貴国への移動を望んでおられることだし、ここはリフレアの顔を立てるとしよう」
「サージェバンス王のご判断、ありがたく存じます。今後とも友好を深めてゆきたいものです」
「うむ。だが、この件は内密、と言うことになるが良いのだな?」
今の段階でルブラルがリフレア寄りだなどと喧伝されては、堪ったものではない。
「もちろん。そうでなければ傍観はできませぬでしょう」
「、、、、確かにそうだな」
こうして、ルブラルは戦いの傍観を決めることになった。
期せずしてサクリもまた、ロアが帝国と取り決めたような不戦をルブラルと成立させる。
しかし、ここからがサクリは違った。
全てを話し終えたヒーノフは、サージェバンスを覗き込むように見て、一言添える。
「しかし、サージェバンス王も大きな器をお持ちですな。ルデクの悪巧みをあえて飲むとは」
「なんのことだ?」
「無論、ガルドレン公のことでございます。ガルドレン公が本人が望むように我が国を頼らず、あえてルブラルへ亡命したのは、ルデクが後々ルブラルに攻め入る理由をつけるためにそう誘導した。ゴルベルでは公然の事実として噂されているようですから」
「何、、、、」
サージェバンスが言葉に詰まると、ヒーノフは深々と頭を下げるのだった。
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「サピア女王陛下、ご無沙汰しておりますな。お会いできて嬉しく思います」
サクリの部下ムナールは、ツァナデフォルの首都にいた。
「妾はお前のその無表情をまた見ることになり、うんざりしておるわ」
サピアから端的に不快感を伝えられても、ムナールは眉ひとつ動かすことはない。そんなムナールの様子を見て、ツァナデフォルの女王、サピア=ヴォリヴィアノはつまらなさそうに鼻白む。
「では、見たくない顔を長いこと見なくて済むように、単刀直入に申し上げる。リフレアに兵を送っていただきたい」
「貴様が来た以上、そんなところであろうとは思っていた。だが、無理だな。帝国の相手は如何する?」
「帝国のことは心配ご無用。しばらく動きません」当然のように言い放つムナール。
「、、、理由は?」
「話せば長くなりますが、私の顔を一日眺めたいですか?」
ムナールのふざけた返事に、サピアはムナールに聞こえるように舌打ちをする。
実際のところ聞いても聞かなくても、意味がない。現状でツァナデフォルはリフレアと敵対する訳にはいかないのだ。
「、、、、もしも帝国が動けば、自国の防衛を優先する」
「左様ですか」
淡々としたムナールをひと睨みしたサピアは、ムナールに絶対に気づかれぬように息を吐いた。
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タークドムから帰ってきた数日後。僕は視察の名目でホッケハルンの砦に来ていた。
既に外は暗い。
蝋燭の灯りを灯して、静かに時を過ごす僕の元に、待ち人がやって来る。
「さて、一体何の用かしら?」
「、、、急に呼び出してすみません。貴方にしかできないお願いが、あります」
僕の、次の一手が動き出す。




