【第271話】サクリの熟考
サクリは一人、首を傾げている。
対ルデクの参謀として再任されたサクリ。しばらくは大きな手を打つでもなく沈黙を保ち、ただひたすらに、「なぜ失敗したのか」を考えていた。
急ぐ必要はない。ルデクはすぐには動けないとサクリは読んでいた。実質的な内乱の直後だ、まずは足元を固めなければ、侵攻もなにもないだろう。
ゴルベルとグリードル帝国、それにツァナデフォルさえ巻き込んだサクリの策は、途中までは完全に機能していた。
ルデクはゆっくりと、しかし確実に滅亡への道を歩んでいたのは間違いない。
謹慎を命じられている間も、サクリはずっと情報を収集し続けていた。それらを今、机に広げながら手を顎に当てて見やっている。
「やはり、、、、ここか」
古く使い込まれた指揮棒で、ある報告書をトン、と叩く。
全体的に見ればささやかな綻びであるが、しかし不可解な点が多い敗北。
エレンの村の廃坑。
なぜ、レイズは廃坑の賊にあれほどの兵士を送り込んだのか? なぜ、数多ある廃坑の中で、あの場所だけ突然採掘調査を始めたのか? なぜだ?
エレンの村における第10騎士団の一連の動きは、レイズを過大評価したとしても理解できぬ部分が多い。
「そして、これ」
次に指揮棒で叩いたのは、ある人物の経歴。
急速に名を上げ、今や英雄視されている第10騎士団の新副団長、ロア=シュタイン。人によってはレイズの弟子などと呼ばれているが、これも不可解だ。
弟子というには、レイズとの接点があまりにも短すぎる。以前はただの平文官であったという。それが突然、第10騎士団に入団し、1年少々でレイズの後継者?
どうやら、このロアの初陣がエレンの村だと分かった。
サクリは二つの報告書を眺め、順番が違うのではないか。そのように考える。すなわち、エレンで策を立てたのは最初からロアであり、レイズはその才を見いだし、囲い込んだ。
ならば、エレンの村のレイズらしくない動きにも理解ができる。では、このロアという人間を”すでに完成した策士”と仮置いてみよう。
次にロアの名前が出てくるのはハクシャ。これも不思議な負け方だった。フランクルトはレイズがこちらの策を読んでいたと言った。
しかし、第10騎士団の本隊はまだ到着していなかったことが後に分かっている。だが、ロアはあの場にいた。
こうしてロアという男の記録を拾ってゆくと、綺麗にこちらの敗北に繋がっていることが浮かび上がってくる。
今まで、一連の抵抗は全て、レイズ=シュタインによるものだと思っていたが、考えを改めた方が良さそうだ。真の敵は、此奴。ロア=シュタイン。
ならばサクリのやり方は決まっている。レイズの時と同じ、ロアを封じる策を講じれば良いのである。
考えがまとまり、すっきりとした表情で机から目を離すと、サクリの様子を黙って見ていたムナールと、もう一人、ヒーノフ=アルボロが「考えはまとまりましたか?」と聞いてきた。
ヒーノフはヒューメットの説得に応じ、ルシファルを見限った。負けそうになったらさっさと退け、との命令を忠実にこなした功績で、ルシファルの後釜に落ち着いている。
そのヒーノフがやってきたのは兄上に言われたからだろう。そろそろ何か仕掛けろ、と。
「左様ですな」
サクリの言葉にヒーノフはわずかに口角を上げた。
サクリはヒーノフが何を考えているのか想像してみる。承認欲求という点において、この男はルシファルを凌ぐであろう。つまり、自分や兄上にとってはより使いやすい駒、ということになる。
裏で動かすにはちょうど良い卑怯さもかね備えている。しかし、この男が第一騎士団の指揮官に適しているかと言えば、答えは否だ。器が足りない。
ヒーノフはおそらく、さらなる功績のための策を渇望している。おおかた、兄上からもそんな風に焚き付けられてここまで来たと言ったところか。ローデライトを腹黒くしたような男だ。なら、使い方は、、、
「ルデクと帝国とゴルベルの同盟、それに対抗するためには、こちらも連合を組んだ方がよろしいでしょうな」
「それは当然だ」
ヒーノフは当たり前のことをと、つまらなそうに鼻で笑う。この態度からして、サクリより自分の方が上だと考えているのが分かる。
「実は、ツァナデフォルには少々ツテがありましてな、、、しかし、ツァナデフォルは帝国と対峙している、もう一つ味方を増やしたいと思っております」
ツァナデフォルについてはすでに目処が立っている。そして、
「ルブラルであろう」賢しげに言うが、わざわざ口に出すほどのことではない。
「流石でございます。ルブラルより少々興味深い話が舞い込みまして、、、ヒーノフ騎士団長のお力をお借りしたいのですが、、、、」
騎士団長、そのように呼ばれてニヤリとするヒーノフ。「言ってみろ」とサクリを見下ろす。なんと扱いやすい男か。
「おお、ありがたく存じます。それでは、、、、」
サクリは静かに、再び動き始めた。
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「タークドムに行きたいんじゃがの」
エンダランド翁が切り出したのは、凱旋式が終わってしばらくしてからだ。
「タークドム? 何かあるんですか?」
僕が聞けば、タークドムに古い知り合いがいるという。
タークドムは、王家の祠に向かう道中にあり、あの辺りでは比較的大きな街だ。
「それで、なんで僕らに声を?」
「ゼウラシア王に伺ったら、第10騎士団が兵を出せるならと仰ってな。直接聞きに来た」
「まあ、今なら比較的動けますけど、、、、」
僕が理由を聞こうとしたところで、執務室にサザビーが駆け込んでくる。
「あ、やっぱりこちらに居られましたか。我々の方でロア殿に確認するとお伝えしましたのに」
サザビーから苦言を呈されても、エンダランド翁はしゃしゃと笑うだけだ。
「それよりも、先ほどの話は本当ですか?」
「さて、それを確認しに行くのだが?」
話が全然読めない僕の前で、2人が何やら腹の探り合いをしている。
それからサザビーが小さくため息をついて、僕を見た。
「ロア殿、俺も同行するので兵を出してもらえますか?」と願い出た。
「良いけど、理由を聞いても良いかな?」
サザビーはキョロキョロと周囲を見渡してから、僕に近づいて声を抑えると
「反乱を企てている貴族の、尻尾を掴めるかもしれません」と言った。




