【第268話】ルファとリヴォーテ
「北で見つからんのであれば、西に決まっていよう。前ゴルベル王はルブラルに逃げたのだ」
キリッとした顔でさも当然のように言うのは、皇帝の側近だ。
今は僕の執務室で茶菓子を摘んでいるリヴォーテであったけれど、こう見えて先ほどまでルファに命じられるがままに、第10騎士団の食糧庫の掃除をしていた男である。
本人はすっかり忘れているのか、頭に頭巾を被ったままでキリリとされてもなぁ。
リヴォーテがなぜこのような状況にあるのかといえば、原因は僕らが帰ってくる少し前に遡る。
僕らがゴルベルから戻ってくるより先に、第10騎士団の一部が王都への帰還を果たしていた。
騎馬部隊である第二騎士団が、第三騎士団よりも先行してオークルへやって来たため、フレインが入れ替わりで戻したらしい。
この辺りの判断はフレインに任せてあったので、まったく問題ない。
そうした先行部隊の中にルファもいた。
なお、ディックも双子の部隊を引き連れて帰ってきている。指揮官不在の部隊を先行させたのは、当然の判断だろう。
ルファがリヴォーテを顎で使っている原因は、瓶詰めにあった。
事業としては国に預けた瓶詰めであったれど、公表後は事業とは別に、第10騎士団内で自分達の消費用に細々と作られている。
兵からの希望で変わった野菜の瓶詰めなども作られるけれど、基本的にはラピリアとルファのジャム作りが中心だ。
戻ってきたルファは、ディックと共に早々に食糧庫の確認を済ませると、残りの作業をディックに任せ、使ってしまったジャムの補充のために瓶詰めを作り始めたらしい。
そこにひょっこりと現れたのがリヴォーテである。たまたま通りがかったというには不自然なので、多分、どこかでルファがこれから瓶詰めを作るという会話でも耳にしたのだろう。
おそらく年若いルファならば、上手いこと懐柔して瓶詰めの秘密をあれこれ聞き出せる。そんな風に踏んだのだと想像できる。
しかし、残念ながらルファの方が一枚上手だった。ルファはリヴォーテに「じゃあ、これから作るジャムに入っている花の種類を当てたら、色々教えてあげるね! でも外れたらお掃除手伝ってね!」と持ちかけ、結果、見事にルファが勝った。
少女に負ける鋭見のリヴォーテさん。いや、きっとルファが凄いんだ。
王都に戻ってきて早々、予期せぬ光景に唖然とする僕らに向かって「こ、これには事情があってだな!」と言い訳を始めようとするリヴォーテ。
たいした話ではないと判断し、とりあえず放っておいてまずは王に報告へ。概ねの報告を終えて一息つこうかと戻ってきたら、まだルファ達が掃除をしていたので声をかけたというわけだ。
「しかし、ルブラルに逃げますかね? あの王はリフレアに執着していたそうですが」ウィックハルトが紅茶を啜りつつリヴォーテに問うと、「ふん」と鼻であしらう頭巾を被ったリヴォーテ。
「シーベルト王の話を聞く限り、リフレアに執着云々は別として、ガルドレン公は別にルブラルを嫌っていたわけではないだろう? 先入観で物事を決めるな」
まあ、リヴォーテが言うことも一理ある。ガルドレンがリフレアに固執していたと言う印象が強くて、僕もなんとなく北に逃げたと思い込んでいた。
「だがまあ、お前らの話を総合すると、どこに逃げてもさしたる影響はないようにも思うがな」とまとめて、新たな菓子を口に放り込むリヴォーテ。
この点に関しては、シーベルトもゼウラシア王も似たようなことを言っていた。結局民にも臣にも見放された王だ。影響力は大きくない。
逃亡を手助けしたのはジャグスの一味だけ。結局ジャグスに同調した動きをするものは現れなかった。
内心では納得のいっていない臣下や貴族もいただろうけれど、ルデクの持っていった提案はかなり悪くないものだ。少なくともゴルベルの民にとっては。
これにより反対派は、シーベルトとルデクに対して声高に批判をし難くなった。そんなことをすれば、民から白い目で見られかねない。
つまり現時点で、ガルドレンを支持して対ルデクを訴える流れが本流になることは、ほぼなくなったと言って良い。
その上でそれでも前王に義理立てするほどの人物は、今のゴルベルにはいなかったと言うことだ。
このゴルベルの現状を踏まえれば、ガルドレンがリフレア、ルブラルのどちらに逃げたとしても、亡命して余生を暮らすのが関の山といった見方が大勢を占めたのである。
そんな会話で、ひとまずこの話は終了。頃よしと菓子を飲み下したリヴォーテは、パンパンと手を払って立ち上がり、ルファを見やる。
「さて、掃除に戻るぞ! ルファ、次はどこだ!」とやる気満々のリヴォーテ。約束は守るタイプだな。意外に義理堅い。
なんだかんだ文句を言いながら、ルファとディックと連れだって出て行くリヴォーテを見送り、僕らは再び雑談。
会話のなかで、なんとなくエンダランド翁の話題になった。
日々愉快に生活しているリヴォーテに対して、エンダランド翁はといえば、こちらはこちらで夜な夜な街に繰り出しては、ルデクの酒を楽しんでいるらしい。
ルシファルとの戦いに勝ち、当面は状況が安定している現在のルデクにおいて、滞在する帝国の使者にはそれほどやることがない。
むしろ忙しいのは、帝都でルデクの訪問団の対応をしているであろうロカビルや、本格的に資材や人員が動き始めたツェツィー達の方だ。
エンダランド翁はご高齢であるからこのくらいのんびりとしている方が良いかな、などと口にしたらサザビーが「とんでもない」と首を振る。
「現役ではないですが、あのご老人、明らかに俺たちと同じ種類の人間ですよ」と。
サザビーと同じ種類、、、、つまり諜報部の人間か。
「それもかなり凄腕だったみたいです。とうの昔に引退した仲間にエンダランド様のことを聞いたら、普段はほとんど感情を表に出さない人が飛び上がるくらいびっくりしていました」
どうも昔は色々あったらしい。
ゆえにか、第八騎士団としてはリヴォーテよりもエンダランド翁への警戒度合いが高いそうで、エンダランド翁が飲みに行くときは常に2〜3人が尾行しているそう。
「でもあのご老人、付けられているの分かっていて手頃な護衛程度に思っているっぽいんですよね」と首をすくめるサザビー。
へえ。あんな人の良さそうな感じなのに、ちょっと意外だなぁ。
その後もしばらく、のんびりした日々が続く。
双子がエンダランド翁と飲みにいったり、双子がリヴォーテを揶揄って追いかけられたり、リヴォーテがなぜか定期的にルファと第10騎士団の食糧庫の掃除に勤しんでいたり、負けじとゼランド王子も掃除を手伝いにやってきて、一緒にやってきたシャンダルも手伝って、とんでもない面々が黙々と食糧庫を綺麗にするという混沌を目の当たりにしたりして時が流れた。
そしてついに。
「ロア、第10騎士団。ここに無事戻った。副団長へ指揮権を返す」
なんだか少し精悍になった気がする顔つきのフレインを始め、リュゼルやシャリス、第10騎士団の全てが王都に到着。
こうして久しぶりに、第10騎士団が全員揃ったのである。




