【第266話】ゴルベル使節団⑥ 逃走
「それでは競い馬のルールを説明する!」
誰もが初めての催しだ。みな、どうやって遊ぶものなのか、解説役の兵士の言葉に耳を傾ける。
解説の兵士は、観覧席に対して等距離に多数配置することで、観客が一ヶ所に集中しないように対処した。
「一回の競い馬は8頭で行われる! 最初の一周は位置決めのためとなる! 一周で早かった順に内側の場所からスタートできる! ここで1着になっても当たりではないぞ! ここまでは良いな!」
質問がないことを確認した兵士は続ける。
「スタート場所が決まったら、本番となる! 本番の競争は全部で3周、王都の周りを回ってもらう。そうして一番早くゴールしたものが勝利だ!」
「それじゃあ、一番を当てればいいのか!」観客から質問が飛ぶ。
「いや、当ててもらうのは一番から三番までの順番だ! 全て当たったら商品が出る!」
「そりゃあ難しい! 無理だろう?」まだ別の誰かから声が上がる。
「確かに難しいが、競い馬は馬と乗り手を変えて、5回行われる! 当たった者も外れたものも、5回全て参加できる! どうだ、5回あれば当たる気がするだろう?」
「5回全部当たったらどうなるんだ!?」
その声を拾ったシーベルトが城壁の上から声をあげる。「5回全て当てたものがいたら、何か特別な賞品を与えよう!」と。それを聞いて再び民が盛り上がる。
シーベルトの言葉も説明役の兵士を介して、会場にいる観客全員に伝播してゆく。その都度、「おお!」とか「よっしゃあ!」といった威勢の良い声が僕らの元にも届いた。
僕らがいる城壁の上も観客が多数並んでいる。この場にいるのは重臣やその家族であったり、貴族であったりとそれなりの身分にある人々。街の人たちと混ざっては周囲が遠慮してしまうので、城壁に分けたのである。
一部の貴族の会話の中では、ちょこちょこと賭け金の話が飛び交っている。個人間でお金を賭けているのだろうけれど、まあ、聞かなかったこととする。
「それでは1回目を開始する! まずは一周の順番決め。それから当たり予想する時間を設ける! 鐘が3回鳴ったら時間切れだ! 2度目の鐘までに近くにいる兵士に番号を述べよ!」
内側から1〜8番の番号が振られ、スタートの順番が決まると、騎乗者は指定の番号の入った旗を背中に立てて走ることになる。
これによって、今、どのような並びで走っているかがすぐにわかる仕組みだ。
また、賭け札に関しては、近くの兵士に申し出ることで求められる。
兵士に予想した番号を伝えると、兵士が何回目の競争と記し、さらに順位を書いた紙を渡してくれる。
予想が当たった場合、再び兵士に紙を手渡すことで当たりの証明書と交換できる決まり。
証明書への交換は各競い馬ごとに行われ、その都度交換しておかなければ無効になる。後から偽装が多発しないための処置だ。
そうこうしているうちに、最初の順番決めのレースが始まった。
双子曰く、この一周がなかなか大きなポイントらしい。
「内側の方が距離が短くて少し有利だ」
「だが順番決めで全力で走れば馬が疲れる」
馬の疲労を考慮しつつも、長距離を走る技術が求められるのだ。うん。確かに騎乗訓練としても理にかなっている気がする。
「上手い奴になるとわざと得意な順番を狙って調整するやつもいる」
「レース中も仕掛けるタイミングとか、馬の個性に合わせる必要もあるので難しい」
そんな風に説明していた双子は今、城壁の上にはいない。
なぜなら自分たちも参加するといって出ていったのだ。もう一人、参加したくてうずうずしていたラピリアも一緒。
ラピリアは僕の護衛があるからと、最初は躊躇っていた。
けれど、対照的に参加には全く興味を示さなかったウィックハルトに、「ロア殿の警備はお任せください」と言われ、さらに「戦姫の騎乗、是非拝見させて頂ければ」というシーベルトの勧めもあって、結局参加することになった。
ルデクからの参加者はこの3人だけだ。
1回目にメイゼスト、3回目にラピリア、5回目にユイゼストが走る。
馬は厩から連れてきた中から、乗り手が選ぶ。ここでも良い馬を見抜くための乗り手の技量が試された。
そして始まった一回目。出だし直後から一番内側を取ろうと抜け出したのは2人の騎士。早々に2頭の競り合いが始まる。メイゼストは少し離れた4番手を追走。
あっという間に差を広げる2頭を尻目に、他はメイゼストの様子を窺いながらの疾走といった感じだ。一回目に参加している人たちの中で、唯一競い馬を知っているメイゼストゆえだろう。
最終的に決まった順番では、メイゼストは後ろから数えた方が早い5番目。
本番が始まっても、メイゼストは4〜5番手を淡々と走ってゆく。そんな中で飛び出して行ったのは順番決めで1番手と2番手を取った2頭だ。
「メイゼストは調子が悪いのかな?」と呟く僕に、「いえ、おそらく馬の体力を温存しているのでしょう」と言ったのはファイス将軍。
そんなファイス将軍の言葉を裏付けるように、2周目半ばになると状況が一変する。先行していた2頭が明らかに疲れを見せ始め、どんどんと速度を失っていったのである。
先頭が失速するのを見越していたかのように、そこで初めて加速を始めるメイゼスト。2周目が終わる頃には先頭のすぐ後ろまで迫り、そのまま一気にかわすと先頭に立った。
先行していた馬を颯爽と抜き去る女性騎士の姿に、観客が大きく歓声を上げている。歓声の上がる場所が次々に移動してゆくので、メイゼストが今どこを走っているかは見なくても分かる。
そうして僕らの目の前、ゴールを先頭で駆け抜けたのは、片手をあげて非常に絵になる姿で通り抜けたメイゼストであった。
一着から三着まで順番が決まって、当たった人が大喜びで声を上げる姿が見える。僕も大興奮だ。これは面白いな。見ればシーベルトのみならず、ゼランド王子やファイス将軍も目を輝かせて見つめていた。
これなら催しは大成功だろう。
そうして2回目の競争が始まると、ルールを理解した人々はより熱狂しながら、順番決めの馬たちに熱い視線を送るのであった。
ところで、この競い馬を見物した人物の中に、ダービー=スタンリーという有力貴族がいた。
ダービー卿は競い馬にひどく魅了され、これ以降私財を投げ打って、競い馬の普及に尽力することになる。
後年、王都ヴァジェッタは競い馬発祥の地として、ゴルベル王国の大きな財源の一つにまで発展してゆくことになるのだが、今はまだ、誰も知らない話であった。
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競い馬で盛り上がるヴァジェッタの街。
その裏で一つの事件が起こっていた。
ゴルベル前王、ガルドレンの脱獄。
脱獄が発覚するのは、競い馬が終わった後の事だった。




