【第248話】ホッケハルンの決戦10 帰還
攻め寄せたリフレア兵の多くは最初、何が起きたのか分からなかった。
しかし、二射三射と立て続けに多数の巨大な物体が地面に突き刺さると、ようやく”それ"が巨大な矢であることを理解する
巨矢が突き刺さった場所は血溜まりができ、そんな場所が次々と生まれてゆく。
もしもこの時、冷静に観察できることがあれば、派手さの割に一射あたりの被害は大きくないことに気づくかもしれない。だがそれは平時であればの話。
今目の前で行われているのは、得体の知れない武器から放たれる、通常の盾など何の役にも立たない一方的な蹂躙。
止まぬ厄災は、兵士たちの根源的な恐怖を呼び覚すのに充分なものであった。
三射目の矢のひとつが、通常の射程ではあり得ぬ場所にいた一人の将を巻き込んで着弾したことも、兵士の大きな動揺を誘う。
ある将が退くことを命じ、またある将は進撃を命じる。
本来であれば指揮官たる人物、つまりこの場においてはルシファルが決断するべき事柄であるが、リフレアの将官はルシファルの部下ではない。
どこかルシファルを下に見ていた気持ちが、根拠なき独断という悪手を生む。
肝心のルシファルといえば、先行してしまったリフレアの部隊が混乱することで生まれた停滞に阻まれ、前線へ躍り出ることができないでいる。
それでもルシファルにはまだ勝機が見えていた。リフレアの混乱を縫って、第一騎士団が門までたどり着けば、労せずして扉を開けることが叶うのである。
また、ルシファルは巨大弓の弱点をすでに見抜いている。取り回しが利かぬ上に、あれだけの矢を放つ代物だ、相応の大きさであろう。ならば、塁壁の真下は安全地帯であると。
ルシファルの考えは間違っていない。少なくとも塁壁上の巨大弓に、今のところ真下を狙う方法は無かった。
ロアの指示によってこの日のために生産を急いだ巨大弓は、この砦にある30基が世界に存在する全てである。
ロア本人であるならともかく、無理な使い方をして破損することは許されないという認識だ。
混乱するリフレア兵を迂回しながら、第一騎士団はどうにか前へと進む。少ししてこちらにも巨大弓の脅威が襲いかかってきたが、攻撃の中心はリフレア兵に向けてものであり、散発であればそこまで恐れる必要はない。
こうしてジリジリと近づき、多少の被害を出しながらもようやく城門へととりついた頃、背後から歓声が上がった。
現在の状況で後ろから歓声が上がる理由などない。訝しげに歓声の上がる方に視線を走らせるルシファル。
兵士の合間から見えたのは、濃紺の旗だ。
「まさか」
ルシファルは一瞬、見間違えたのかと思った。
しかし間違いなく、濃紺の旗がチラチラと見える。
ルシファルの麾下において、濃紺の旗を使っているのはただ一人。
第二騎士団、ニーズホック。
「なぜ、ニーズホックが?」
ロアを撃破して砦を占領して戻ってくるには早すぎる。何かあったのか? 嫌な予感がする。
ルシファルの予感は的中。
歓声はすぐに悲鳴に変わる。
第二騎士団が勢いそのままにリフレアの兵に襲いかかったのである。
ー裏切ったか! ニーズホック!!ー
ルシファルはぎりりと奥歯を噛んだ。
「あの間抜けが! 今更ルデクに戻ったところで待っているのは獄か死だ!」
ルシファルは吐き捨てるように言葉を発しながら、状況を速やかに判断しようと頭を動かす。
第二騎士団が襲いかかったのはリフレアの部隊だ。第一騎士団のいる場所とは距離がある。
いくらリフレアの部隊が混乱していると言っても、位置関係からして、第二騎士団が直ちに突破できるとは考えにくい。そして、こちらはあとわずかな時間があれば、城門を開けることができる。
城門を開けさえしてしまえば、砦の中にも我々が優位になる仕掛けは多数ある。
第一騎士団が雪崩れ込んで砦を一気に制圧。あの謎の兵器を奪い取って、第二騎士団へ喰らわせてやるのはどうか。
自分の考えの成否を計算しているうちに、またしてもルシファルの予想外のことが起きる。
背後から銅鑼の音が響いたのだ。
「退却の銅鑼? 一体誰が鳴らしているのだ!」
ルシファルは指示していないのに、誰かが退却を命じている。
第二騎士団か、、、、、?
いや、
「ロアか! シュタインの名を継ぐあの男か!? どこまでも私の邪魔をしおって!!」
激昂するルシファル。
実のところ、この銅鑼はロアが関与したものではない。だが、ルシファルには確認する術がなかった。
そして、本当にルシファルが警戒すべきは、銅鑼の響く背後では無いことを、この男はまだ気づいていない。




