【第241話】ホッケハルンの決戦③ 槍の林
「、、、、なにあれ? 何か刺さってる」ニーズホックは首を傾げる。
「ササール、、、いや、槍、、、ですか? 例の長柄槍とかいう」隣にいるレゾールが、同じように不思議そうな顔で小さな砦を眺めながら、予測を口にした。
ニーズホックら第二騎士団は、コラックの砦を目視できるほどの場所までやって来ていた。そこで、砦を囲む異様な光景に目を見張っている最中である。
砦の周りには無数の槍と思われるものが、林のように屹立しているのだ。
いや、槍かどうかも怪しい物だ。地面に刺したササールの棒、としか表現のしようがない見た目であった。
それも100や200ではない。数千という棒の林が砦をとり囲むように無造作に立ち並んでいる。
「単純に考えれば、行軍を邪魔するための仕掛けに見えるけれど、、、」
「しかし、単なる時間稼ぎとは考え難いですね、何せ相手は、、、」
「そうね、あのロアだもの」
ニーズホックのロアに対する評価は高い。単なるレイズの模倣ではない怖さを感じていた。
ーーールシファルは取り合わなかったけれど、、、あの子は危険な気がするーーー
ニーズホックは何度か、ロアの危険性についてそれとなくルシファルに伝えていた。
たが、ルシファルはロアに対する評価について、「レイズの真似事」という認識を崩すことはなかった。
そうでなければ、このコラックの砦にもっと手厚く兵士を差し向けただろうに。
「どうしますか?」
「どうするもこうするも、、、攻めるしかないわね。そういう”命令”だから」
ニーズホックは面倒な戦いになりそうだと嘆息する。
先だってルシファルに呼び出されたニーズホック。
ルシファルは「コラックの砦に第10騎士団の本隊が入ったようだ。犠牲を厭わず、第二騎士団で必ず砦を落としてこい」と通達した。
ニーズホックの意見を聞くつもりはない。有無を言わせぬ命令だ。ルシファルの言葉の外に、「全滅してでも攻めろ」という意味合いが見え隠れしているのは、聞かずとも分かる。
ーーーま、最悪の場合の保険は掛けてある。ロアは私との約束、覚えてくれているかしら?ーーー
ニーズホックの命と引き換えに、第二騎士団の保護。
最期はそこが落とし所であると、ニーズホックは覚悟を決めていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ほお、あれが第二騎士団か。お前の読み通りだな」
コラックの砦の塁壁で、僕と並んで敵が来るのを眺めていたリヴォーテ。彼は少し感心したように僕に声をかけてくる。
「ええ。読みといっても実はそんなに難しい話じゃないんですけど」
本当は心の中で快哉を上げていた。ルシファルは僕の読み通り、ホックさん達を差し向けてきた。これで仕掛けを最大限に活かすことができる。
ルシファルがホックさんを送ってくるのは、消去法である程度絞ることができた。
まず、一緒に出陣してきたというリフレアの援軍を、こちらに回してくることはないと確信していた。
ルシファルもリフレアに対してそこまで強気に命令できる立場とは思えないし、上下関係からすれば、そもそもリフレアのほうが本隊みたいなものだ。
また、第九騎士団の派遣も二の足を踏むところだろう。前回僕らに散々に蹴散らされている第九騎士団。雪辱に燃えるような将兵がいれば話は別だけど、今の第九騎士団にそんな気概のある将は見当たらない。ルシファルの目の届くところで使った方が有用だ。
残されたのは第二騎士団か、或いは第一騎士団の部隊の一部をこちらに回す。
ずっとルシファルのことを調べてきた僕には、ルシファルの考えがなんとなく分かるような気がする。
ルシファルならホックさん達を使う。
ルシファルの性格を考えると、分からない相手にはまず自分に被害の及ばぬ選択肢を選ぶ。その結果を受けて最適な答えを出そうとする傾向が強い。
なら、第一騎士団に損害を出すという選択は、序盤で選ぶ可能性は低い。
結果的に僕の予想通り、ホックさん達がここまでやってきてくれた。
ーーーホックさん、頼むよ。間違った選択はしないでくれーーーー
敵影を見ながら、僕は祈る。
第二騎士団はすぐそこまで迫ってきていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「やっぱり槍ね」
偵察が一番外側に刺さっていた棒を、一本引き抜いて持ってきた。簡易的ではあるがササールで作った槍だ。
少し前に第10騎士団から考案された、長柄槍とかいう物に間違いなさそうだ。確か防備品として、各町で一定本数の製作と備蓄が命じられていた。
本数によって国から奨励金が支払われたため、ちょっとした臨時収入として、どの町でもこぞって長柄槍を作ったというのは耳にしている。
つまりロアは近隣の長柄槍をかき集めて、砦の周りに刺したのだろう。
「やっぱり、行軍を妨げる目的が大きそうね」
槍としては簡素なものだ。野戦で取っ替え引っ替え使うために刺してあるとは思えないし、それにしては量が異常。
そうなるとロアは敵の、アタシたちの動きを封じようと一計を案じたわけね。そしてこの準備が一番効果的なのは、騎兵団であるアタシたち。
第二騎士団がやってくることを読み切っての対応。
ルシファル、アナタ、とんでもない相手と戦わなくてはならないかもしれないわよ。
ニーズホックは第一騎士団のいる方の空を見て、心の中でつぶやく。
それから今度はコラックの砦に視線を走らせる。
塁壁の上ではためく「三日月とつばめ」。
ニーズホックは一度静かに、目を、閉じた。




