【第231話】ゴルベルの決断② 王子と手紙(上)
シーベルトの話は、第10騎士団との戦いの後に遡る。
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これは、良くない。
何がと問われれば、全てが良くない。
北部でのルデクとの戦いを終えて帰城したシーベルトは、ねばついた敗戦の気配を肌で感じていた。
民は王に懐疑的な視線を刺し、不満が充満している。我々が王都へ戻ってきた時も、民からは大した歓声もない有り様だ。
一応王都へは先触れが出ている。内容は、ルデクと引き分けて一時帰還する、というものだ。
広く喧伝されたはずだが、この雰囲気では人々が何を思っているかは阿呆でもわかる。
さらには王宮内の空気も最悪だ。父の暴走とも言える粛清によって、多くの有能な臣下が命を落とした。国外へと逃れた者も少なくない。
それでもシーベルトはどうにか気持ちを切り替えると、胸を張って父、ガルドレンの元へ報告へ参じる。
父は短期間で随分とやつれ、白髪も目立つ。まるで一夜で10年を過ごしたようである。その落ち窪んだ目が妙にぎらついているのは、息子であるシーベルトから見ても危うさを感じてた。
シーベルトはファイスと共に、淡々と戦況を伝える。ファイスはゴルベルに残った数少ない名将だ。彼がゴルベルを去らずにいてくれたことは、本当にありがたい。
全てを報告し終え、シーベルトははっきりと伝える。「我が軍は完敗です」と。その言葉で父が、少しでも現実を見てくれたらと思いながら。
ゴルベルは滅亡の淵に足をかけている。
もはや疑いのない事実だ。
生き残る可能性があるとすれば、西の隣国、ルブラルへ助けを求めるしかないと考えていた。しかし、何度訴えても父は首を縦に振らない。
そして今回も、体を震わせながら
「リフレアが第10騎士団を背後から襲ったということなのだな!」とそこばかりを強調する。
「それは間違い無いかと思いますが、結局大きな戦いにはならなかったのはその後を見れば明らか。第10騎士団は健在です。ヒースの砦は僅か一日、いえ、一夜で陥落。ゴルベル北部はルデクに占領されたのですから」
だが、ガルドレンの耳には都合の良い言葉しか届かない。
「やっとリフレアが動いたか、なら、帝国も動くだろう。くくく、、、これで我々の勝機が見えたぞ! 誰ぞ、出陣の用意を!」
いきりたつ父王をどうにか宥め、報告を終えて退出する頃にはどっと疲れが押し寄せる。
「戦場の方が楽ですね、、、」
冗談とも本気とも取れぬシーベルトの言葉に、ファイスも複雑な顔をしながら
「、、、、左様ですな」と呟いた。
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「色良い返事はもらえませんか、、、、」
「出陣を急げ!」と騒ぐ王を宥めつつ、シーベルトは密かにルブラルへ使者を送ったのだが、その反応はすげない物だった。
元々ゴルベルが始めた戦い。下手に手を出せば自国にも影響が及ぶかもしれない。ルブラルはそのように懸念しているという。
その返事を聞いたシーベルトは鼻白む。
ルブラルの返事は建前にすぎない。崩壊寸前の王国。いざとなれば喰らい尽くしてやろうという思惑が透けて見えた。
また、ルブラルの返事が届く頃には、シーベルトの元に様々な情報が流れ込んで来ている。
あの、レイズ=シュタインが死んだかもしれない。
いや、レイズは大怪我を負ったが存命。
どうもルデクで内乱があったらしい。多くの騎士団が裏切ったとか。
違う、裏切ったのは1つの騎士団だけ。それも第10騎士団に蹴散らされた。
リフレアがルデク北部を占領して、南を窺っている。
そうではなく、駐屯しているのはルデクの騎士団だ。
ひどく情報が錯綜している。ゴルベルという国が健在で、粛清も起きていなければ、もっと精度の高い情報を手にすることができただろう。或いは、あの軍師がいれば、、、
そこまで考えて、シーベルトは首を振った。
何を馬鹿な。そもそも、あの軍師のせいでこのような状況に陥っているのだ。
しかし、リフレアとルデクが仲を違えたことと、ルデク国内が混乱していることは間違いなさそうだ。これによってゴルベルが明日にも攻められるという心配はないという事だけが救いであった。
だが、それだけ。自分たちの首が、ほんのわずかに繋がっただけ。
シーベルトは父のいう「帝国が動けばゴルベルは復権できる」という言葉を、もうほとんど信じていない。正直、出陣前はそういうものかと思っていたが、現実は大きく違っていた。
第10騎士団が圧倒的な速度を以てゴルベル北部を制圧したのを目の当たりにし、同時に、抵抗らしい抵抗を見せなかった自国の砦に幻滅し、帰都してみれば、民たちの王家に対する不信感に絶望を覚えた今、帝国が動こうがゴルベルに可能性はないという思いが確信に近くなっている。
おそらく、仮に帝国がルデクを制圧したとしても、そのままの勢いでゴルベルも蹂躙されて終わりだろう。
別にゴルベルと帝国は同盟しているわけではない。元々帝国の開戦に乗じて漁夫の利を狙ったゴルベルを、帝国はそこまで快く思っていないのである。
過日、帝国の第二皇子がなぜかゴルベルへ逃げ込んで来た時、その引き渡しにおいて帝国の使者がゴルベルの参戦の仕方を暗に批判し、脅すように引き渡しを要求したことからも明らかだ。
他の選択肢としてはリフレアを頼るという方法もあるが、シーベルトは気が乗らなかった。
リフレアが第10騎士団を襲った時は、シーベルトとしても喝采を浴びせたい気分であった。
けれど、その後結局ゴルベルへ共闘の使者が来ることもなかったし、情報が集まれば集まるほど、リフレアは唐突かつ一方的に同盟を打ち切り、ルデクを背後から斬り付けたようだということが分かってきた。
父はなぜかリフレアを信用しているようだが、はっきり言ってそんな国を頼ったところで、後々どのように扱われるか分かったものではない。
一体どうすべきか。
出口のない暗闇の中を歩くような心境であったシーベルトの元へ、一つの光明が差したのはその時である。
もたらしたのはファイスだ。
「王子、内密のお話がございます。お時間をいただけますか? 私以外にあと数名、同席させたいものもおります」
僅かに緊張の色を漂わせたファイスに、ただならぬものを感じたシーベルト。
早々に密室を用意すると、参加したのはファイスも含め3名の将。
「まずは、これを」
3人が揃って、テーブルに同じ封書をそっと置く。
その表面には、シーベルトにも見覚えのある筆跡が踊っていた。




