【第224話】皇帝とロア26 イリエクスの失態(下)
「第四皇子? 確か、皇帝からも見捨てられた皇子ではなかったか?」
そのように言うイリエクスに、「以前はそうでしたが、、、」と答えるファスティス。
望むままの享楽を味わっていたイリエクスに、少々不快な話が届けられた。第四皇子ツェツェドラが帝都にやってきて、ルデクとの同盟を訴えているという。
イリエクスは知らなかったが、ファスティスによれば第二皇子の反乱を阻止した立役者らしい。
さらには、反乱失敗後にゴルベルまで逃げた第二皇子を連れ戻す任を担い、その過程でルデクの王族と知己を得たようだ。
「まさか、皇帝はガキの戯言に耳を傾けるつもりではあるまいな?」
「今のところは第四皇子を城外に締め出して、ルデク攻略の軍議を開いています」
「なら、なんの問題もないのではないか?」
「しかし、第四皇子とその一味は諦めずに、貴殿ら使者の周辺を探っていると」
「ふむ、、、、」
イリエクスに後ろ暗いことがない、とは言い難い。それはファスティス側も同じことだ。万が一、皇帝が第四皇子の言葉に耳を傾けることがあれば、要らぬ腹を探られかねない。
「何か良い方法があるか?」
イリエクスの言葉に、ファスティスは我が意を得たりとばかりに手を叩く。
「第四皇子は呑気にも妻を連れて来ております。切れ者の妻という噂もありますが、所詮若造どもが旅行気分でやって来たまでの事。妻を攫って少々脅してやれば、元は気弱と評判の皇子です。慌てて訴えを取り下げて逃げ帰るのでは?」
「ほう。では、任せる」
「ありがとうございます、ですが、少々ご協力を頂きたく」
「なんだ?」
「その妻も我々のことを探っているようです。貴国のどなたかに声をかけられれば、手頃な場所にのこのこと出向いてくるでしょう」
「しかし、顔を見られるのはまずい」
「無論です。顔は隠されたままで問題ございますまい」
「ふむ、、、、」
「それからもう一つ」
「まだ何かあるのか?」イリエクスは少し不快そうに頬を震わせる。
「誘拐させるごろつきには当たりを付けております。そう言ったことを生業にするものがおりますので。ただ、その者の窓口に我々が出るのはあまり宜しくございません。万が一にも事が皇帝に知られれば、イリエクス様達にも被害が及ぶかもしれません。それよりは、帝都を出てしまえば誰も追及できない貴方様方より、人手をお借りしたい」
「なるほどのう、、、、よかろう、その交渉役は我が手のものを用意する。だが、ファスティスよ、我々が動いてやるのだ、相応の見返りは用意しておけよ」
「無論でございます」
深々と頭を下げたファスティスはほくそ笑む。
ファスティスからすれば、これは最低限の保険。義理の娘とはいえ皇帝の身内を狙うのだ、危険きわまりない行為である。
だがリフレアを噛ませておけば、最悪露見してもリフレアの使者の暴走で片付けられると踏んだ。
現状を鑑みれば、帝国はリフレアと事を構える状況ではない。相手の国の暴走であれば、皇帝もある程度のところで落とし所を決めるはず。
どちらともなく笑い始めた二人。
しかし、ひとりの「裏町をよく知る男」の存在によって、結果的に彼らの企みは全く予想外の展開へと転がってゆくのである。
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彼らの立場が急転したのは、ルデクの使者の謁見の最中であった。
どこから辿って来たのか、企みの全てが露見した。
ファスティスは動くなと命じられ、何もできぬままに状況を眺めるしかできない。
ルデクの使者と皇帝の謁見が終わり、ファスティスは慌ててイリエクスの元に向かうも、皇帝の命令によってイリエクス達との面会は叶わない。
どうやら本当に投獄されたらしい。
これがどういう意味を持つか。皇帝はリフレアとの決別を本気で考えている。
そうなれば、ファスティスの立場は非常に悪いものとなる。リフレアのために、多少情報を改竄して報告する程度のことは数知れず。イリエクスとの関係を追及されれば、自分が投獄されかねない。
どうするか、、、、イリエクスとの面会を諦め、自室へ急ぐファスティス。
ロカビルを頼る? いや、先程の謁見の様子からするに、ロカビルは頼りにならない。あの若造、今まで散々私がご機嫌を取ってやったというのに、本当に使えない男だ。
部屋に戻ると、すでに自分の派閥の者たちが顔を青くしてファスティスの帰りを待っていた。
、、、、あまり動揺した様を見せては、求心力に影響が出かねん。
ファスティスは努めて冷静を装いながら、頭をフル回転させる。
どうする、何かないか、、、何か、、、、
そして、天啓、走る。
いや、それが天啓であったのかは、運命の女神ワルドワート以外は知る由もない。
全て無かったことにすれば良い。
ルデクの使者が死ねば、第四皇子が死ねば、その時皇帝はどうするか。
ルデクとの関係を考え直すのではないか。
ファスティスの目に狂気の光が宿る。
ファスティスの一番近くにいた取り巻きの一人が、その目を見てびくりと肩をふるわせた。




