【第223話】皇帝とロア25 イリエクスの失態(上)
サクリを差し置き、リフレアの使者を買って出たイリエクス。
その一行が帝都に到着したのは、ロア達が帝都に着くよりも12日ほど早かった。
帝国との国境を越えたところで、皇帝の臣下であるファスティスらが出迎えに来た。帝国兵に守られ、道中なんの不自由もなく進んでの来訪である。
「ご苦労」
帝都の迎賓の間に腰を落ち着け、尊大にファスティスを労うイリエクス。ファスティスも恭しく「恐れ入ります」と返す。
柔らかなソファに肥えた巨体を預けて、イリエクスはふふふとほくそ笑む。
なんと簡単な仕事か。サクリは最後まで「くれぐれもルデクの動きに注意してくださいませ。何かあれば皇帝には留意を願い、本国に指示をお仰ぎください」などと言っていたが、風前の灯のルデクに何ができると言うのか。
帝国とて同じく窮している。ツァナデフォルとの戦いは一進一退。そんな中でルデクにも喧嘩をふっかけたのだ。田舎の狂犬めが、我々のエサに簡単に喰いつきおって。
あの調子では、ルデクだろうがどこだろうが、そう簡単に関係が改善することなどない。
帝国はリフレアと関係を悪化させるわけにはいかないのだ。我が国がルデクと軍事同盟を表明したところで、ただ指を咥えているしかなかったのがその証明であろう。
今回も適当に皇帝の機嫌をとって終わり。それよりも謁見後の、宴の方が重要だ。
イリエクスの考えている宴は、皇帝との晩餐ではない。後日ファスティス達が用意する、本国では聖職者の肩書きでままならない方の遊びのほうである。
イリエクスだけではない。同行した一行は押し並べて同じようなことを考えていた。
なお、ファスティスを使って第三皇子を唆し、帝国とルデクが開戦したと見るや皇帝に不戦の密約を持ちかけたのは、無論イリエクスの知恵ではない。全て、サクリが段取ったものだ。
イリエクスはその後釜に居座っただけで、何一つ尽力していない。
イリエクスが大した人物でないと分かっているファスティスであったが、彼は彼で大いなる打算があった。
ファスティスにしてみれば、リフレアという後ろ盾を持って、ロカビル派と言うべき一大派閥を形成し、その頂点に立つことを目論んでいるのである。
その為には、酒と女をあてがっておけば不満を漏らさないイリエクスは、ファスティスにとって大変御し易い相手であった。
リフレアとの窓口として、帝国内で確固たる立場を築きつつあるファスティスは、その目論見通り、それなりの取り巻きをまとめつつあった。
だが、誤算がないわけではない。
肝心の第三皇子が、ファスティス達をそこまで重用していないことだ。遠ざけられているわけではないのだか、精々が通常の部下よりは覚えが良い程度の扱いなのである。
とはいえ第二皇子亡き後、第一皇子に何かあれば第三皇子が皇位を継承する可能性は高い。そうなれば必然、ファスティスを中心とした者達の発言権は強くなる。そこからゆっくりと足場を固めてゆけば良い。
両者の思惑が合致した結果が、このイリエクス一行への最上級のもてなしにつながっていた。
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「皇帝陛下におかれましてはご機嫌麗しく」
「ああ。お前は相変わらずだな」
つまらなそうに答える皇帝に内心で舌打ちをしながらも、「お気遣い頂き光栄の至り」と答えるイリエクス。
簡単な挨拶が終わると、イリエクスよりルデクの現状が伝えられる。
曰く、第一騎士団、第二騎士団、第九騎士団がルデク王に愛想を尽かしてリフレアへの亡命を望んだ。リフレアとしては頼って来た者を放っておけないので、受け入れる。また、ルデクの報復を懸念し、ルデク北部は民のためにもリフレアが一時的に保護している。
曰く、ゴルベルの悲痛な助けに応じて、ゴルベル北部を蹂躙していた第10騎士団と交戦に至る。これはルデクが先にリフレアとの約束を破ったもので、リフレアには非はない。なお、その戦いの最中でレイズ=シュタインは重傷ないし死亡したと思われる。
ルデクとの同盟関係を破るのは心苦しいものであったが、ゴルベルの罪なき人々を救済するために、不義理を承知で兵を挙げた。
曰く、リフレアは今まで通り不戦を貫くが、ルデクとは正式に同盟を解消したので、友好国である帝国に報告に来た。
サクリの作成した原稿を朗々と読み上げるだけである。
「なるほどな、、、あい分かった。知らせてくれたこと感謝する。遠路ご苦労だった。しばらく帝都で疲れを癒すが良い」
「恐れ入ります。それでは」
早々に退出するイリエクスを見送った皇帝は、「リヴォーテ、どう思う?」と問うた。
「少々気に入りませんが、ある程度は事実かと」
「ある程度、か。確かにリフレアに都合の良すぎる話だ」
「ですが、少なくともルデクが混乱しているのは間違いないでしょう。おそらく、リフレアは我が国に助力を願いたいのでは?」
「不戦と言っていたが?」
「我々が攻め込めば、ルデクの半分くらいは望むのでは?」
「ああ。あり得る話だな。一度対ルデクについて軍議を開いた方が良いか」
「左様ですね」
皇帝とリヴォーテがそのような会話を交わした翌日、ゾディアが帝都に到着したのである。




