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【第221話】皇帝とロア23 謁見(5) 異国の王女


「5倍とは大きく出たの、異国の姫よ」


 楽しそうにルルリアに話しかけるのはエンダランド翁。


「あら、これでも控えめですのよ。そもそも(ワタクシ)、グリードル帝国は気に入っておりますけれど、資源の扱いには随分と不満でしたの」


「陛下の御前ですぞ!」ルルリアの言葉にリヴォーテ様が見逃せぬとばかりに苦言を呈する。けれど、その程度で止まらないのがルルリア。


「リヴォーテ様は、この国の資源をどのように思われているのです?」


「どのように? 残念ながら、我が国にはルデクのような良質な鉱山もないし、姫の祖国のような特殊な資源も見つかってはおりませんが?」


 リヴォーテ様の返事に、やれやれと首を振るルルリア。それから皇帝へ質問対象を変える。


「リヴォーテ様ほどのお方でもこの認識。御義父様、これは皆様が改めねばならぬ認識ですよ?」


「だが、リヴォーテの言うことは事実であろう。ルデクが交易国家として成立してるのは、ゲードランドという良港を持つ以外に、他国が欲しがる鉱石が産出されるのが大きかろう。グリードルにはないものだ。まさかこれから山脈を削れとでも?」


「全く違います。例えばこの広大な領地にある、麦は? 果実は? 畜産は? 我が国の持つ圧倒的な生産力を侮っておられるのは、或いはここにいる我が国の中枢の方々ではございませんか?」


「そのようなものはどの国にもあるものだろう? わざわざ船に乗せるものではない」ロカビル皇子も小首を傾げる。


「何をおっしゃいます。我が国(グリードル)は広大であり、気候に恵まれ、平地も多くて様々な生産に優れております。例えば、海を越えれば麦の育ちにくい痩せた土地の国もございます。そんな国に、余った麦を安く売ってやればいかがです」


「そのような国があるのか?」まだ少し腑に落ちないロカビル皇子に、ルルリアは微笑む。


「では、お聞きしますが、ツァナデフォルではグリードルと同じくらい麦が穫れますか?」


「ぐ、、、それは、、」


 ロカビル皇子は言い淀む。ツァナデフォルのある北の大地は、寒さが厳しく麦の育つ地域も限られているのは周知の事実。


 隣国を引き合いに出され、海の向こうよりも想像がしやすくなったことで、その場にいる側近達が「なるほど」「それは、、」などと、小声で相談を始めた。


 もはやこの場は異国の小柄な姫君の独擅場だ。


「麦だけではございません。果物だってお野菜だって、他国にないものを売れば、相応の利益が得られます」


「果物など東方諸島に持っていく間に腐るであろう?」


 皇帝の言葉に、僕は「あっ」と小さく声が出た。そんな僕をルルリアはほんのわずかに振り返り。視線で「良いかしら?」と聞いてくる。


 仕方ない。ルルリアにやられた。ここは任せるしかないな。


「いいえ、御義父様。このお話は”ルデクの協力”を前提にしたものです。すでにお聞きおよびでしょう? ルデクの”謎の保存食”のことは」


 僕は密かに小さく息を吐くと、ルルリアの横に立つ。


「ルルリア姫の仰っているのは瓶詰めという新しい技術です。果物や野菜を適切に処理することで、数ヶ月新鮮に保つことができます」


「、、、、」皇帝からは質問はない。瓶詰めの事を情報としては把握していると言う意味だろうと判断して、話を進める。


「ロア様、グリードルと同盟する、新たな貿易拠点を作ると言うことは、当然、瓶詰めの知識も共有していただけるのでしょうね?」


 僕は苦笑するしかない。いずれにせよいつかは瓶詰めの技術は漏れる。それが早いか遅いかの違いだけ。他国へのライセンスの権利だけは確保しておかないと、この商売上手な姫様に掻っ攫われるな。


「無論、両国の繁栄のために」そんなことを考えながらも、僕は皇帝にはっきりと伝える。


 それから少し考えて


「瓶詰めも、船の技術も未だルデクにしかないものです。もしも帝国やリフレアがわが国を蹂躙すると言うのなら、その全てをルデクと共に連れて滅ぶ覚悟です」とはったりを付け足す。


 皇帝は睨むように僕とルルリアを見ながら、なおも何も言わない。


「姫よ、威勢は良いが港をどこに造るのだ? 腹案でもあるのかの?」


 聞いてきたのはエンダランド翁。引退した身だからか、他の側近と違い皇帝に遠慮することなく質問を飛ばしてくる。


 エンダランド翁の問いに、ルルリアは胸を張る。


「もちろんでございますわ、エンダランド様。私はすでに港候補を3つほど確保しております。現地にも何度か足を運んでおりますの」


「3つ? その言いようでは、随分と前から準備していたように聞こえるが?」


「エンダランド翁、事実でございます」と補足するのはツェツィー。


「我が妻は、グリードルに大きな港街を造りたいと常々申しておりました。これは父上もご存知のことです。父上からはまだ色良い返事を頂いてはおりませんが、それでも港を造る可能性を捨てずに調べていたのです」


「ほお? その理由が先ほど言った、グリードルの資源の無駄か」


「無駄、とまでは申しませんが、勿体無い。とは思います。領地を奪わずとも、莫大な利益が得られるものが捨て置かれていることを。私は戦ごとに関しては素人ですが、この先の国々は立地的にも統治が難しいと聞きました。それならば今の領地を富ませる方が効率良く、犠牲も少ないのでは?」


「くくく。。。陛下、引退した我が耳にも破天荒な姫の噂は届いておりましたが、これは大した御仁でございますな。僭越ながら、ワシは悪くない、と思いました。いかがか?」


 エンダランド翁の言葉で、再び全ての視線が皇帝ドラクへと注がれる。



 しばしの沈黙。



 それから皇帝の口元がわずかに歪む。



「、、、悪くない」小さな呟きが、謁見の間に思いの外響く。



「父上?」ロカビルが聞き返そうとすると、


「悪くないと言った。最後に一つ聞く。同盟した場合、ルデクは何を望む」



「リフレアと我々の戦いに関する全てに、不戦を」


「不戦、援軍ではなく?」


「愚かな反逆者と、信用できぬ彼の国とは自らの手で決着をつけます」


「勝てるか?」


「そのつもりがなければ、ここには同盟ではなく服従の使者として来ていたでしょう」



 皇帝は満足げに頷いた。そして。



「ロア、貴様の話が真実であれば、ルデクとの同盟を受けよう」、と。



「父上!」ロカビルが再び口を挟もうとする。


「ロカビル、お前はリヴォーテと共にルデクとの同盟の交渉窓口を担当せよ」


「父上!?」


「ルデクとの戦い、お前が始めよと進言したのだ。お前の手で終わらせよ。できぬとでも?」


「、、、、いえ、、、、畏まりました」


「ビッテガルドには俺から言っておく。それから、ツェツェドラ、ルルリア」



「「はい」」


「港作りは我が国にとっても、大きな事業になる。貴様らに任せる! ゲードランドより大きな街を造り上げて見せよ!!」



「畏まりました!」


 他にもその場にいた側近達に矢継ぎ早に皇帝の指示が飛ぶ。謁見中にも拘わらず、多くの側近がやるべきことのために退出してゆく。


 決めた以上は迅速に。これが皇帝の凄みか。


 話がすごい勢いで進んでゆくのを僕らはただ眺めるばかり。



 一通り指示を終えた皇帝は、ようやく僕らへ向き直り



「ここからは盟友としての話し合いになる。場所を変えるぞ」



 言うなり、早々に玉座から立ち上がって歩き始めた。





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― 新着の感想 ―
いやーここまでちょっと舐めてたわ。この回鳥肌やばいんだけど
この皇帝凄いなぁ。 織田信長みたい。
[一言] 初投稿ですが、この話で鳥肌立ちました。素晴らしい物語で惹き込まれました。
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