【第214話】皇帝とロア16 ロアと真実(下)
「ラピリア!!」
「ラピリアさん!!」
ラピリアの言葉にほぼ同時に反応し、鋭い声を発したのはウィックハルトとネルフィアだった。二人ともかなり厳しい顔をしている。
ラピリアもハッと気づくと、「あ、ごめ、、、私っ」と、大きく動揺した様を見せる。それこそレイズ様の最期の時と同じくらいに。
ウィックハルトにせよ、ネルフィアにせよ、レイズ様のことは頭をよぎっていただろう。そしてあえて触れなかった。もしかしたらラピリアもほとんど無意識に言葉にしたのかもしれない。
「ごめん、私、そんなつもりじゃ、、、、どうしよう、ごめん、、、」
ひどく狼狽したラピリア。こんなラピリアは見たことがない。僕の方が動揺しそうだ。
場を重苦しい空気が包む中、僕はなるべく暗くならないように口を開く。
「ラピリアの言う通りだよ。レイズ様のことは、僕の失態だ」
「ロア殿」僕の言葉を止めようとするウィックハルトを、僕は手で制しながら続けた。
「ライマルさんは」
ウィックハルトの動きが止まる。
「、、、ライマルさんは、本当にどうしようもなかったんだと思う。あの時の僕には力がなかった、信用も、発言力も何もかも。ライマルさんが命をかけてくれたから、今の僕がある。ルデクがまだ滅んでいないのも、ライマルさんのおかげかも知れない。でも、レイズ様は違う」
今度は誰も僕を止めようとしない。誰もが、双子でさえ真剣な表情で僕を見つめている。
「あの時僕は、完全に油断していた。過信していた。未来とは違ったけれど、レイズ様の大遠征は起こった。なら、本当の戦いは遠征で勝利を収めてから。振り返れば本当に滑稽だけど、僕はそんな風に思い込んでいた」
「でも、未来は変わっていたのなら、ロア殿のせいではないでしょうに」サザビーが、わざと大仰な動きで肩をすくめる。
「けれど、未来が変わらなければレイズ様はあんな場所で死ななかったし、僕が注意していれば避けることができた未来かも知れないのは事実なんだ」
口にすればするほど、自分の過信が恥ずかしくなる。
「いや、ロア、それはおかしい」
「ああ、お前の考えはおかしい」
双子が同じように僕を指差しながら、少し怒ったように言葉を投げてきた。
「何がおかしいんだい?」
「お前の言う通りなら、どの道レイズ様は死んでいた」
「レイズ様どころか、ほとんどみんな死んでいた」
「なら、レイズ様が死んだのはお前のせいではない」
「そうだ、そもそもあの裏切り者のせいだ。勘違いするな」
双子の言葉に僕は少し頭を下げる。そんなふうに言ってくれるのはありがたい話だ。
次にルルリアが小さく息を吐いてから、「全く」と言ってみんなの視線を集める。
「、、、、私、今から分かったような口をきくわね。レイズ様の件は、それぞれの考え方だし、個々に消化するしかないのよ。ロアも含めて。でもはっきりしているのは、レイズ様の死はロアのせいじゃない。ユイメイちゃんが言った通り、ルシファルのせい。そこだけは履き違えてはダメよ」
ルルリアが総括してくれたことで、その場がなんとなく落ち着いた雰囲気に変わると、ツェツィーが言葉を継いだ。
「みなさん、一度休憩にしませんか? 私はまだ自分の中で今の話を消化しきれていません。ただ、、とにかく一つだけ、今すぐロア殿に伝えたいことがあります」
「何?」
「ありがとうございます。おかげで僕は生きてますよ」
ツェツィーの言葉に、僕は思わず泣きそうになった。
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僕の独演場は終了。それぞれ自室に戻って休憩となった。
ツェツィーの配慮で「今日は夕食も必要な時に好きな時間に摂れるように頼んでおきます」と言ってくれたので、実質本日は解散のお知らせである。
僕はベッドに転がって、ただ天井を眺めていた。
聞かれるだろうな、とは思っていたけれど、むしろラピリアに悪いことをしてしまった。なんとなくラピリアが失言したような雰囲気になったのは少し不本意だった。
誰がどう言おうとレイズ様の件は僕のミスで、腫れ物のようにされるのもどうかと思っていたのだ。むしろラピリアが口にしてくれて良かったまである。
正直に言えば、自分から口にする勇気はなかったから。
でも失敗したな。本当にラピリアには悪いことをしてしまった。
さっきから考えが堂々巡りだ。
気がつけば外は夜の帳が下りている。
決めた。やっぱりラピリアに謝りに行こう。今は一人にして欲しいかも知れないけれど、翌日まで引っ張るのも良くない。
「よし!」
一人気合を入れて起き上がったところで扉がノックされる。
「はい。開いているのでどうぞ」
ぎい、と扉が開いて、廊下に立っていたのはラピリアだった。
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僕とラピリアは連れ立って街へ出た。
向かったのは鐘撞堂だ。
周辺が公園になっており、観光地としても人気の帝都の鐘撞堂。堂と言うけれど正確には塔で、最上階の鐘のすぐ下の階にある見晴台は、いつでも誰でも出入りができる。
とはいえこんな時間に出入りしている人は少ないだろうから、落ち着いて話すにはちょうど良いかなと思った。
ラピリアは先程からずっと俯きがちに付いて来ている。
僕らは黙々と鐘撞堂の階段を登る。見晴台まで、少し汗ばむほどの階段を登ってゆく。時折恋人同士と思われる男女がすれ違い、下へと降りていった。
階段を上り切ると「うわ」と、思わず声が出た。
夜、ここに登ったのは僕も初めてだ。街の灯を一望、、、と言うのは大袈裟だけど、それなりの光景が眼前にあった。
見晴台の縁まで行って風景を見ている僕の後ろで、ラピリアがようやく口を開く。
「ロア、さっきは本当にごめん。あんなこと言うつもりはなかった、、、」
僕は振り向いて意識して笑顔を作る。
「僕のほうこそ、ごめん。僕の失敗なのに、ラピリアが悪いような雰囲気になっちゃって、、すごく申し訳ないと思った」
「そんなこと!」
見晴台にいた数組の恋人たちがこちらに顔を向けた気配がして、僕は唇に人差し指を立てる。
「いや、ラピリアの言った通りなんだよ。レイズ様を助けられなくて、本当にごめん」
僕はラピリアに深く頭を下げる。
頭を下げている僕に、ラピリアからの返事はない。しばらく待って、おや、と顔を上げると、ラピリアは声を殺して泣きじゃくりながら、必死に涙を拭っていた。
「ごめん、、、なんでだろ? 止まらなくて、、、」
僕は少しオロオロしてから、一度周りを見渡して、
そして覚悟を決める。
それから
そっとラピリアの身体を抱き寄せた。
ラピリアは僕の胸を掴みながら、止まらぬ涙を流してゆく。
僕らはそのまま長い時間、ただずっと抱き合っていた。
狙ってできた訳ではないのですが、結果的に年の瀬を前にして2人の関係をまた一つ進めることができました。
今年もあと一日。年納めは素晴らしい一日をお過ごしくださいませ。




