【第210話】皇帝とロア12 ルルリアの危機(2)
「サザビー、ネルフィア、この先の階段から隠し部屋に行けるんだ。ルルリアと賊はそこにいると思う。無茶なお願いかもしれないけど、なるべく穏便に無力化したいんだけど、、、できる?」
これが双子を連れて来なかった理由。双子だと簡単に殺しちゃいそうだからなぁ。
「ここまでの流れの全てが理解できませんが、分かりました。良いですか? サザビー」
「隠し部屋にいるのがザックハート様でなければ、準備万端ですよ」
そんな風に軽口を叩きながら隠し通路へ消えてゆく2人。僕がついていっても邪魔になりそうだから、しばしその場で待機。
周囲を囲む酔客たちは、先ほどまでの威勢はどこへやら。僕を気味の悪いものでも見るように遠巻きにしている。
僕は気にしないようにしながら店の中を見渡す。
懐かしいなぁ。
昔は、、、いや、未来で僕は良くこの店で食事をしていた。クルサドとはわりと気の置けない仲だったのだ。
お世辞にも客筋が良いとは言えないこの店と馴染になったのは、旧宿場町の裏の取りまとめ役であるスキットさんに気に入られたことからだった。
さっきはハッタリも含めて「スキットの爺さん」なんて呼んだけれど、前は普通にスキットさんと呼んでいた。
帝都に限らずツテのない流れ者が仕事を得るためには、その町の裏の実力者への挨拶は欠かせない。それをするとしないとでは、扱いが大きく異なるからだ。
僕は様々な町村で働く際に、嫌と言うほど思い知っていたので、帝都に立ち寄ったら毎回必ず手土産を持ってスキットさんへ挨拶へ行っていた。
また、僕は流れ者には珍しく、腕っぷしよりも書類仕事の方が得意なタイプだ。裏町ではあまり見ない人材であったので、次第にスキットさんの秘書の真似事を頼まれるようになった。
何度かスキットさんに「お前、ウチに腰を据えろ」と誘われたこともある。
けれど僕がルデクの生き残りで、何処にも根を張るつもりがないと知ると、それ以降は無理に誘うことも無く、僕が帝都を訪れる時だけ使ってくれるようになったのである。
この店はスキットさんの直営の店の一つなのだ。今、ネルフィアたちが乗り込んでいる隠し部屋は、兵士に追われた悪党が逃げ込む避難所や、密談の部屋としても使われていたので、僕もよく知っていた。
僕らは店の中から鍵を使って入ったけれど、この隠し通路はとある仕掛けを知っていれば、表の通りから直接出入りできる。
つまり、ルルリアをさらったカラクリとは、護衛の気を引いた瞬間に、隠し扉を開けてルルリアだけ中に連れ込んだのだ。
カクックさん、ウルサムさんの2人の話を聞いて、僕にはすぐここの仕掛けに思い当たった。
スキットさんは良い人というわけではない。むしろ徹底した裏の人間という印象で、一通りの悪事はこなす。依頼があれば人攫いくらいは簡単にやる。
ただ、流石に裏町をまとめているだけあって、危機管理能力はかなり高い。間違っても皇帝の関係者に害をなすような依頼を受けることはない。
と言うことは、部下が勝手に請け負ったか?
いや、この店の隠し部屋を使用している以上、スキットさんに話が伝わっていない可能性はほぼない。
なら、依頼主が嘘をついた線が濃厚だろう。
それならルルリアの無事さえ確保できれば、ルルリアを攫った奴の企みを利用できるかもしれない。
というか、してやる。
例えルルリアが無事だったとしても、ただでは済まさない。
僕は怒っているのだ。
大切な友人を危険な目に遭わせた奴らをそのままにはしない。相応の報いを受けてもらう。
そのためにも、ここではなるべく穏便に片をつけたいのである。
そんなことを考えていたら、「終わりましたよ」と隠し通路からサザビーがひょっこり顔を出した。
「早いね。ルルリアは無事?」
「拘束されていましたが、特に傷もなく元気いっぱいです」
サザビーの説明を聞きながら隠し通路を進んで部屋へ入ると、そこにはうめき声をあげるむさ苦しいのが7人。。。。思ったより多いな。それにしては制圧するの早くない?
ルルリアはネルフィアが保護していた。
「ルルリア! ごめん、遅くなった!」
そんな風に声をかけた僕に対して、ルルリアは目をまん丸にしながら興奮気味に捲し立てる。
「ねえ、ロア、この2人凄いんだけど、ふら~って入ってきたと思ったら、瞬きするたびに人が倒れてくの! こう、糸が切れた人形みたいに!」
と心配されている本人は、ネルフィアとサザビーの活躍に夢中である。うん。確かに元気そうでなにより。
元気そうなので安心はしたけれど、僕は「ルルリア」と表情を改めながら、諭すように語りかける。
「僕らのために動いてくれているのは知っているし、すごく感謝しているけれど、こう言う無茶は感心しないよ。ツェツィーだって心配する。何かあったらどうするつもりだったのさ」
僕の苦言に流石にルルリアも不用意だったと思ってくれたのか「ごめんなさい」と殊勝に謝って見せたのはわずかな時間。
「ねえ、それよりもネルフィアさんに聞いたんだけど、ロアがこの場所を知っていたの? なんで? どうして? 初めての帝都じゃないの? いえ、帝都を知っているって程度の話じゃないわ!」
色々説明しなくてはならないのだけど、僕は詰め寄るルルリアを手で制する。
「まずはツェツィーに無事を知らせること、話はそれから」ま、本当はその後スキットさんとの話もあるから、全部事が済んでからだけど。
「えー、、、しょうがないわね。でも早くツェツィーに無事を知らせるのは賛成。じゃあ行きましょ」
僕の言葉に頬を膨らませていたルルリアは、すぐに気を取り直して部屋を出ようとする。
入り口まで歩くと「あ、そうだ」と言いながら、一度くるりと振り向いて、お姫様の仕草で一礼。
「ロア、ネルフィア、サザビー。貴方がたは御伽話の勇者様のようでした。わたくしはこのご恩を決して忘れません。ありがとう」
ルルリアのこの場にそぐわない洗練された微笑みは、ネルフィアをして、「本物のお姫様ね」と言わしめるほど高貴さに満ちていた。




