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【第203話】皇帝とロア⑤ フレデリアの街の夜(上)


 僕はツェツィーとルルリアにレイズ様のことを話した。


 ツェツィーは大きな衝撃を受けながらも「ルデク存亡に関する機密を、、、、そこまで信用してもらって嬉しく思います」と神妙だったけれど、一方のルルリアは「へえ」と言った程度。


 ルルリアの反応が思いのほか軽かったので理由を聞いたら、「レイズ様の逝去は悲しいことよ。心から哀悼の意を表するわ。けれどレイズ様の件で、ルデクに対して貴方達やツェツィーのように、存亡の危機なんて深刻な気分にはなれないわね。レイズ様がいなくても、貴方達はここにいる。私にはルデクはまだ力があるように見える。ルデクを支えていたのはレイズ様だけじゃない、ロアも、ラピリアも、ウィックハルトも、みんなが支えていたのよ」と。


 正直僕は、少し驚いた。


 南の大陸出身のルルリアにとって、レイズ様の死は、ルデクの現状は、そのような印象になるのか。


 ルデクの人間はもちろん、ツェツィーですらレイズ様の死には一つの時代の終わりを感じ、ルデク存亡の危機と捉えた。


 けれど、もしかすると僕らは、レイズ=シュタインという人間の呪縛に囚われていたのかもしれない。


 もちろんルルリアの言葉を聞いても、レイズ様の偉大さは何一つ変わらない。それでも、僕自身もどこかでレイズ様のいないルデクを、過小評価していた感が否めなかったことに気づいたのだ。


 レイズ様がいないなら、僕がなんとかするしかない。ではない。僕たちみんなでなんとかする。当たり前の事なのに、気負いすぎてなんとなく忘れていた。


 ルルリアの言葉で、そんな風に思い至ることができたのである。



「ルルリアはすごいなぁ」


 僕が素直な気持ちを言葉にすると


「妻は凄いでしょう」


 と、ツェツィーがいつか聞いた台詞を口にした。





 その夜はささやかながら歓迎の宴が開かれる。


 と言っても、ツェツィー側から参加したのはガフォル将軍だけだ。僕らの立ち位置を考えれば当然の配慮。


 ファニーノ牛はルルリアが自慢するだけあってとても美味しい。特に長時間煮込んでほろほろになったシチューは絶品。「これは、、、レシピを教えていただけませんか?」とネルフィアが聞くほどの味だった。


 その日は存分に地元の料理を堪能して、「明日は私のポージュが待っているんだから、楽しみにしておきなさい!」というルルリアの宣言を以て解散したのである。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 その夜。寝付けずにベッドから起き上がる僕。



 ルルリアの言葉が頭に残っていた。


 僕はレイズ様という存在に囚われすぎて、そのために策に見落としや齟齬が起きてはないだろうか? そんな思いがずっとぐるぐると巡っている。


 レイズ=シュタイン。かつて、接点のなかった歴史では、物語の中の人物でしかなかった。


 同時に絶望を胸に放浪していた僕にとって、書物を開けばいつだって無双の活躍をする祖国の英雄は、心の支えでもあった。


 もしもレイズ様が生きていたらという妄想をしたのは、両手では足りないだろう。


 そしてレイズ様をすぐ側で見てきた今回。僕は、レイズ様を失ったルデクに対してどう考えていたのだろう。


 レイズ様は確かに偉大だ。けれどルルリアが言う通り、ルデクはレイズ様だけじゃない。ラピリアやウィックハルト、ネルフィア、サザビーもいるし、ザックハート様やボルドラス様のような名将も健在だ。


 僕は少し勘違いをしていたのかもしれない。


 レイズ様が亡くなった以上、僕がレイズ様の意思を継いでその策を成し遂げなくては、ルデクは滅ぶと。


 レイズ様の死を隠すことを土台に策を立てていたけれど、少し考え直した方がいいのか? いや、やっぱり秘密にしておくべきか? 相手によって使い分けるか?


 ぐるぐるとひたすらに思考が巡る。駄目だな。少し外の空気でも吸いに行こう。



 僕はなるべく物音を立てないようにして、領主館の庭に出る。



 綺麗な月が出ていた。


 高台にある館の庭からは、フレデリアの街が一望できる。


 すでに深夜であるが、灯りを絶やさぬ一角が見えた。夜の繁華街だろう。


 ルルリアは王都と比べて「小さな街」と言ったけれど、フレデリア自体は決して小さな街ではない。規模から考えれば、恐らくだけど帝国が滅ぼしたどこかの小国の首都だったのではないだろうか。


 灯りを見て少しお酒を飲みたい気分になった僕は、駄目もとで警備兵がいる詰所に外出可能か声をかけてみる。


「あ、構いませんよ」


 警備の兵士の答えは至極簡潔。領主の警備兵としてはどうかと思ったけれど、原因はすぐにはっきりした。


「奥様が頻繁に夜の街に繰り出すので」とその兵士が言うのである。


 言葉だけ捉えればなかなか穏やかではない。けれどルルリアは「夜の街の方が領民の不満が聞こえやすいのよ」と言って、わずかな護衛を連れてちょくちょく出かけるのだそう。


 ルルリアらしいといえば、実にらしい。


「もちろん領主様もご存じで、別途密かに護衛をつけておられるのですが」


 秘密ですよ、と言いながら朗らかに笑う警備の兵士さん。


 僕が兵士さんとそんな会話をしていたら「ロア、貴方も眠れないの?」と背後から声をかけてくる人物がいた。


 声の主はラピリアだ。


「ラピリア、君もかい?」


「ええ、ルルリアの言葉が、ちょっと、、、、」


 もしかすると、同じようなことで眠れないのかな?


 僕はラピリアに向き直ると「ちょっと冒険しない?」と声をかける。


「冒険?」


「うん。見知らぬ街で一杯飲むっていう冒険」


 こうして僕らは2人でフレデリアの街へと繰り出すのだった。


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― 新着の感想 ―
そっか〜ルルリアは南の大陸出身だから、ある意味客観的に見れてるのかな。
[一言] ルルリアさん、女傑!ロア君に翼を授ける。 そしてロア君も、ラピリア(正室候補?側室候補?)を夜の街にエスコート!
[一言] その夜。寝付けずにベッドから起き上がる僕。 ルルリアの言葉が頭に残っていた。 「明日は私のポージュが待っているんだから、楽しみにしておきなさい!」 ポージュがそんなに楽しみだったのか…
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