【第196話】 ほんの僅かな休息
帝国との交渉許可が下りた以上、やらねばならない事は山のようにあり、僕は処理に追われていた。
帝国に同行してもらう人員ひとつとっても、頭を悩ませる。
レイズ様もグランツ様もいない今、第10騎士団の指揮をどうするか。一番単純で分かりやすいのはラピリアに任せる事なのだけど、本人が強く帝国への同行を願い出ていた。
、、、、僕だって本音を言えばラピリアについてきてもらうのは心強い。けれど、第10騎士団にも必要な人材だ。
どうしたものかと悩んでいると、「しばしワシが面倒を見よう」とザックハート様が申し出てくれた。確かにザックハート様なら申し分ない。遠慮なくお願いすることにする。
なお、今回ルファはお留守番だ。流石に連れてゆくわけにはいかない。もしかして、ザックハート様はルファが留守番するのを見込んで、、、、いや、まあいいか。ザックハート様が保護してくれるなら安心だし。
それからディックも残す。ディックにはある命令を伝えた。お願いではなく、命令。
「万が一、僕らが帰らず王都が燃えることがあれば、ルファを連れて南の大陸に逃げろ」と。
ルファはルルリアの手紙をまだ持っているはず。手紙を頼りにフェザリスへ向かえば、無下にはされないだろう。
ディックはかなり難色を示したけれど、他の人には頼めない。ザックハート様に託すと言う選択肢も頭をよぎったけれど、王都炎上となればザックハート様は城を枕に最後まで戦うのは間違いない。
ネルフィアとサザビーは同行が確定している。こちらはゼウラシア王の意向だ。僕としても望むところ。
それから双子。こちらは自分達から売り込んできた。正直連れてゆくつもりはなかった。だけど、ボルドラス様の言葉の通りなら、本当に危険な時に2人の野生的な感覚は役に立つかもしれないと思い直した。
ウィックハルトも連れて行きたいなぁ。そうすると、やっぱりリュゼルやフレインには残ってもらうしかないか。
ロア隊には双子以外にグリーズさんとシャリスという実力者が加入した。客観的に見ても大幅な戦力強化といえる。
とはいえ2人を最初から全面的に信用するわけにもいかないので、それぞれリュゼルとフレインをつけてうまく回してもらおう。
うん。僕も含めてこの7人だな。ルシファル達のことを考えれば、可能な限り極秘にことを進めたい。
だから余計な兵士は連れて行かない。皇帝が気まぐれを起こせば擦り潰されるような人数だけど、たった7人で帝都に乗り込む。
そうだ、ゴルベルにも手当てをしておかないと。
僕はゴルベルに向けた書面に記載するべく内容を箇条書きにする。これをフランクルトに渡して、フランクルトなりの言葉で手紙を認めてもらう予定。
届ける相手もフランクルトの方で選別してもらおう。ある程度話の分かる人間に届かないと意味がない。何通か作成して送ってもらった方がいいかもしれないな。
騎士団の配置については騎士団長達と王、それにゼランド王子も交えて相談した。
まず、ボルドラス様は急ぎ帰路に着き、第一騎士団を警戒してもらう。それから第五騎士団も持ち場に戻ることになる。僕らがダメだった場合の帝国の動きに対応するためだ。
残る第七騎士団と第三騎士団は、王都周辺に留まることになった。
第七騎士団は全軍の半分の兵を率いてやって来ているけれど、今のゴルベルならリーゼの砦に残してきた半分でも十分に守れると踏んだ。
当面の間、第七騎士団と第六騎士団はホッケハルンの砦を、ザックハート様を中心とした第三騎士団と第10騎士団が王都を守護することになる。
「ロア、ロアったら」
考えに没頭していると、頭の片隅に誰かの声が聞こえてきた。
「ん? あれ? ラピリア、いつの間に?」
そんな僕の様子を見て、ラピリアが呆れた顔をする。
「さっきからずっといたわよ。あきれるほど集中してたわ。流石に根を詰めすぎよ、少し休憩しない?」
そんな風に言いながら、僕のおでこにジャムの瓶をコツンと当てた。
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紅茶の中に沈んだジャムが温められて、部屋の中に花のような香りがふわりと漂う。
「はい」
「ありがとう」
ラピリアが手ずから入れてくれた紅茶に口をつけると、普段より少し甘みの強い味わいが舌を通り抜けてゆく。
「美味しい」
「そう、よかった。帝国に行く前に倒れたら元も子もないわよ」
「そうだね、、、ごめん」
「それで、誰を連れて行くかは決めたの?」
「うん。君とウィックハルト、ネルフィアとサザビー、それに双子」
「ロアを入れて7人、、、妥当なところね」
そう言ってから、静かにカップに口をつけるラピリアを僕はなんとなく見つめる。
「何?」
「いや、、、、、本当にいいのかい? たった7人で帝国へ、皇帝に会いに行くんだよ? ほんの僅かな失敗で僕らは全滅だ。ラピリアなんかは人質として捕らえられるかもしれない」
戦姫ラピリアの名前は広く知られている、帝国からすればルデクに対して強力な交渉材料と映るだろう。
「それはロアも一緒でしょ?」
「まあそうだけどさ、、、、」
僕の場合は首を刎ねられて終わりだろう。
「そんなに心配なら、ロアが守ってくれればいいじゃない」
「、、、、、それもそうだね」
「期待しているわよ。軍師さま」
揶揄うように笑うラピリア。
頑張らないとなぁ。と思いながら、僕は甘い、とても甘い紅茶をゆっくりと啜った。




