【第195話】王とロア⑧ 議会は踊る(4)
ザックハート様が賛意を示してくれたのは大きかった、ここを決断の時と見た騎士団長が次々に賛成を表明してくれる。
特に心配だった、第五騎士団長のベクシュタット様も不満を述べることはなかった。
文官の方でも大きな変化が。超一流の外交官であるサイファ様が納得するのであれば、と、控えめではあるが同意を口にしてくれる人たちが増えてゆく。
問題は貴族院だ。全部で5人いる貴族の代表は全員苦々しい顔のままこちらを睨んでいる。そのうちの一人がベクシュタット様に噛み付く。
「第五騎士団といえば対帝国の最前線ではないか! そんな騎士団の団長があっさりと同盟を認めるとは、臆したか!」
「なんじゃとお!!」
激昂したのはベクシュタット様ではなくザックハート様だ。椅子を蹴って立ち上がると、発言した貴族のもとへ詰め寄ろうとする。
「ななな、、なんだ、暴力に出るとでもいうのか!」
「貴様の返答次第ではどうなるか分からん、、、ん? なんだ、ベクシュタット、はなさんか」
ザックハート様の視線の先には、立ち上がってザックハート様の手首を掴むベクシュタット様の姿。
「お気持ちには感謝するが、不要だ」と短く答える。
「、、、、、ふん!」大きな音を鳴らしてザックハート様が席に戻るのを待って、ベクシュタット様は貴族院の面々を見渡すと、たった一言。
「お前達だけは、無事のつもりか?」それだけ言うと、こちらもさっさと席に戻ってしまう。
「何を、、、、」訝しげに何か言い返そうとする貴族に「分かりませんか? ベルバック卿」と言葉を重ねたのはウィックハルトだ。
「何がだ?」
「仮の話ですが、第一騎士団とリフレアにルデクを制圧された時、貴族は生き残れると思いますか? いえ、はっきり申し上げましょう、ルシファルと懇意にしている貴族は少なくない。或いは自分たちは今のままでいられるのではないかとお考えではないかと問うております」
「貴様! 失礼に程があるぞ! 、、、お前も貴族であろう? ホグベックの倅よ。そう考えているのはお前の方ではないのか!」
「いえ、当家はここにおわす貴族の方々からすれば末端も末端、ルシファルとの繋がりなど平時でも望むべくもありません」
「ならば木っ葉貴族は黙っておれ!」
「いえ、そうはまいりません。ロア殿の策であなた方が最も恐れているのは、自分の利益が減じることでしょう。違いますか」
「ぐっ、違う! 我々は帝国などと、、、!」
「では、自分の利益は二の次ということで宜しいですか?」
「、、、もちろんだ」
言質をとったウィックハルトは「では、私が別案を出しましょうか?」と言い始める。
「別案だと?」
「ええ、貴族のすべての財産を没収し、その金を以て南の大陸から援軍を買いましょう。これならば相当数の兵を確保でき、三方を敵に囲まれようとも当面は戦えるはずです。いかがですか?」
ウィックハルトから提案された策にベルバック卿は、一瞬きょとんとしてから顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「バカを申すな! なぜ我々だけがそのような苦労を負わねばならぬ!」
「先ほど利益は二の次と申したばかりではないですか? それに貴族だけではありません。戦いに赴く兵達。それらを支える民草、それぞれができることをやろうと言っているのです。財産を持つ貴族方は、金を出せば宜しいかと」
「話にならぬわ!」
「では、貴族院はどのようにお考えですか?」
激昂するベルバック卿に向かって、ウィックハルトの代わりに言葉を発したのはラピリア。
「帝国と同盟は反対、金も出さない。それでは、貴族は何をされるのですか?」
もう一度ベルバック卿へと語りかけるラピリア。
ベルバック卿の言葉を借りるなら、ラピリアはウィックハルトのような木っ葉貴族ではない。ラピリアの実家であるゾディアック家は王家にも近しく、貴族院の面々とも比肩しうる貴族なのだ。
「ラピリア姫よ、その物言いは貴族を敵に回すことになりかねませんぞ。貴殿のお祖父様がどう思われるか」
ベルバック卿とは別の貴族がラピリアをやんわりと咎めるが、言い回しがいやらしい。
けれどラピリアは意に介さない。
「お祖父様でしたら、このような時に役に立たぬ貴族など不要だ、そのように一刀両断するところですわ。それよりも、お分かりですか?」
「何をですかな?」
「今、貴族院は知恵も金も出さず、利権だけは確保したいと言っている状態です。王の御前で。これがどういう意味なのかを、です」
激昂していたベルバック卿が一瞬で顔を青くして王に視線を走らせる。
王はただ、冷めた視線を向けている。
「さあ、貴族院の皆様、帝国同盟ないし、南の大陸からの援軍に対抗しうる、一考の余地のある策をご提示いただけます?」
ラピリアが畳み掛けると、貴族院はただ沈黙。それから「だが、帝国との同盟など論外だ」と小さく呟く。
それを確認した王がついに動いた。大きく、大きくため息をつく。
「よもやとは思うが、、、、第一騎士団、第九騎士団が増長したことに、貴族院が無関係というつもりではなかろうな?」と言いながら5人を順番に見つめる。
「それは、貴族とは関係ございませぬぞ! 騎士団の問題であろう!」キンズリー様が悲鳴のような反論を繰り出す。
「関係ないわけがなかろう。第九騎士団はお主ら貴族院が求めたが故、創設した。今回裏切った将官の推薦を、貴殿らが出したのを忘れたわけではなかろうな?」
「ぐう、、、」
「第一騎士団もだ、帝国が宣戦布告をした時、第一騎士団におかしな入れ知恵をした貴族がいたことを、私が知らぬとでも思っておるのか」
窓のない宣言の間は少し肌寒いくらいなのに、貴族院の5人は額から大量の汗をかき始めている。
「ここで役に立たねば、貴族など今の半分も要らんのかもしれんな」
王が口にした瞬間、
「お、お待ちください!」
と、貴族達は急に帝国との同盟に賛成の言葉を口にし始めた。
鼻白むゼウラシア王。
第一騎士団の処遇を見る限り、貴族院のこういう対応は王が一番嫌いそうだなぁ。
「足りん」
賛意を示した貴族達に対して、ゼウラシア王の視線は未だ厳しい。
それを見て貴族達の顔が真っ白になる。
すでにべローザ家という前例があるのだ。
この王は、やる。一族根絶やしを。
貴族達は増長しすぎたのだろう。
「キンズリー=インブベイよ」
「は、、、、はい、、、」先ほどの威厳など吹き飛んだ老人が力無く返事をする。
「今の貴族院の議長はお前であったな」
「はい、、、」
「ルデク王として命ずる。此度の戦いにすべての貴族が全力を尽くす誓約を出せ。併せて私財の半分もだ。出さぬ家は潰す。なお、第一騎士団や第九騎士団に与したものがいる家に関しては、国家に私財を投げ打つのであれば酌量の余地を与える。できぬならばどこへでも去れ。ただし相応の覚悟を持って逃げることだ。なお、貴様らは第一騎士団との戦が終わるまでこの王都から出ることは許さん。書面を以て各貴族へ申し伝えよ!」
「王よ! それはあまりにも!」
キンズリー様の悲鳴は王には届かない。
やるなぁ、王様。ごねた貴族院は結局、多くの財も吐き出すことになった。
断ったら潰される。出すか逃げるしかない。
仮にリフレアに逃げても保護される見込みもないけれど、この状況で少しでも財を持って逃げるとすれば北しかないだろう。協力を惜しむ貴族は厳しい判断を迫られる。
「此度はルデクが生き残るための方策を話し合うと事前に伝達していたはずだ!! 手ぶらで来て文句を言う者に与える物など存在せぬと心得よ!!」
王の気迫にへたり込む貴族達。
「他に意見がなければ、ここに宣言する! 我は帝国との同盟交渉を承認する! ロアよ! 必ず成し遂げてまいれ!!」
「はい!」
僕は力強く応える。ルデクの命運は終わっていないことを、僕が証明してみせるために。




