【第185話】レイズ=シュタインの一手26 ルシファルの誤算(中)
「第九騎士団、、、王の伯父たるヒューメット様が裏切ったと言うのか、、、」
そこまで言って言葉を失うフォガード。
ほんの僅か、こちらへの援軍ではないかという希望が頭をよぎったが、すぐにその考えは打ち消す。
フォガードは騎士団長としては新米だが、部隊長としては豊富な経験を重ねた男だ。敵意を持っているか否かくらいは、相手の動きを見れば分かる。
、、、、ならば、最悪だな。
ただでさえ厳しい状況であるにも関わらず、第九騎士団さえも敵方というのであれば、ルデクはほぼ詰んでいると言って良い。
フォガードの守備の前提は、あくまで第一騎士団とリフレアの軍に対してのものだ。攻めてくるのが想定通りの相手であれば、ホッケハルンの砦は必ず攻略しなければならない。
ホッケハルンの砦を無視しての行軍は愚策中の愚策。
砦を無視すれば王都には早々に辿り着くかもしれないが。フォガードが率いる第六騎士団が背後を襲う。兵数は反乱軍の方が多いとしても、状況的にはルデクが圧倒的優位に立つだろう。
しかし、ここに第九騎士団が加われば事情は大きく変わる。
第九騎士団がホッケハルンの砦を囲む限り、第六騎士団は身動きが取れない。その間に第一騎士団等が王都を襲えば、、、いくら第三騎士団といえど、苦戦は必至だ。
かといってフォガードには現状を打破する方法は思いつかない。
このような状況を一撃でひっくり返すことができるとすれば、レイズ=シュタインただ一人。
此度の凶報、第10騎士団に従軍していたネルフィアよりもたらされた。つまりレイズ殿が戦況を読んでネルフィアに指示を出したのであろう。
ならば、何かしらの策は既に講じているはず。
不確か極まりない希望的観測ではあるが、フォガードはその希望に縋って戦うしかない。
第九騎士団はいよいよ、フォガードの眼前に迫ってきていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「王よ! どういうことであるか!?」
謁見の場にはザックハートの怒声に近い言葉が響く。
ーーリフレアおよび第一騎士団裏切り、王都急襲の危機ーー
その報が王都へ届いてから4日後、いくら近いとはいえ驚異的な早さで第三騎士団は王都へやってきていた。
もちろん全軍ではない。だが、それほど時を置くことなく、王都は第三騎士団全軍を受け入れることになるであろう。
これほどまでに早く着陣できたのは、ひとえにロアの提案した伝馬箱と、新たに造られた広く走りやすい街道のおかげであった。
「知らせた通りだ。ルシファルが裏切り、リフレアを国内に入れた。いや、リフレアがルシファルを取り込んだのかもしれんな。いずれにせよオークルの砦は絶望的。さらにいえば第二騎士団も裏切っている可能性がある」
「何という、、、、ネルフィアよ、事実か?」
「レイズ様とロア様の見立てでは、そのように。少なくともリフレアが同盟を反故にしたのは揺るぎない事実です。そして遠征中の第10騎士団を襲ったリフレアの軍の中に、第一騎士団が混ざっていたことが濃厚です。であるからこそ、私はここに」
「ぬうう。レイズ達が、そこまで言うのか、、、王よ、心当たりはあるので?」
ザックハートの言葉に、ゼウラシア王は「無いとは言えぬ」と答える。
「、、、、後程、愚か者どもを全て片付けたら、聞かせてもらいますぞ」
王への苛立ちもあるが、ザックハートの怒りの矛先は当然、第一騎士団とリフレアに向けられている。この場で原因について追及するつもりは無いようだった。
「ザックハート、どのように対応すべきか」
王の問いにザックハートは即断。
「第六騎士団を捨て駒に、第五騎士団と第七騎士団の援軍を待ち、攻勢に出るのが宜しかろう」
第六騎士団を軽んじているわけではない。後手に回っている以上、最低でも敵と同数かそれ以上の兵を整えて反抗に出るべき。
失敗が許されない状況であるからこそ、冷酷と言われようが確実な策を選択する。歴戦のザックハートの考えは、同じく長く戦場経験を積んだフォガードと同じものであった。
「やはりそれしかないか、、、、」
王都でも対応は再三検討した。その上でザックハートと同じ考えが主流を占めた。それでも厳しいことには変わりない。先を考えれば、第六騎士団を失うことで戦力の低下は否めない。
戦いが長期化すれば、厳しくなるのがルデクなのは火を見るよりも明らかだ。
ーーーレイズよ、お前ならどうするのだーーー
ゼウラシア王は心の中のレイズに問う。
ネルフィアからレイズの死については聞いている。しばらくは秘密にする必要についても。
最も信頼していた側近の、、、いや、友人の死を悲しむことすら許されぬとは、、、、王とはなんと因果なものか。
けれどそのような気持ちはおくびにも出さず、「やはり、それしかないか、、、」とザックハートへ唸るように呟いた。
ザックハートは一度大きく頷き「通常であれば」と続ける。
「どう言う意味か?」
王の問いに、ザックハートはネルフィアを見た。
「あの、レイズ=シュタインがただ報告だけを託した訳ではなかろう? 何か考えがあるはずだ。ネルフィアよ、当然聞いているのではないか?」
ネルフィアは静かに首を振る。
「残念ですが、時は一刻を争いました。私はとにかく第一報を届けるため、早々に第10騎士団を離れましたので、、、、ですが、、、」
「ですが? なんだ?」
一度言葉を切ったネルフィアは微笑む。
「ですが、第10騎士団は、、、”あの方”は、何一つ諦めてはおりませんでした」
そのように口にするネルフィアは、この状況にあっても悲壮さを毛ほども感じないものだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
第九騎士団より苛烈な攻めに遭っているホッケハルンの砦。
そこから少し離れた丘陵。
「間に合った、、、、」
「もう陥落寸前みたい」
「でもまだ陥落していないよ」
「そうね」
「行こう」
風の神ローレフがその者達の頬を撫でると
掲げた三日月とつばめが空を舞った。




