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【第183話】レイズ=シュタインの一手24 ボルドラスの器


「グランツ隊はここに残る。この場でゴルベルに睨みを利かせる」


 占領を終えたヒースの砦。執務室に入って開口一番、グランツ様が決然と言い放った。


「え!? けど、、、!」


 僕の反論を許さぬように手で制して、グランツ様は続ける。


「ロアの言いたいことはわかる。この先、ルシファルと戦うなら少しでも戦力は多い方が良い。だが、全軍で向かってはヒースの砦や、折角手にしたゴルベル北部はどうなる?」


「それは最低限の兵を入れて、、、」


「らしくないぞロア。お前の、お前たちの策はレイズ様が生存してこそのものであろう。全てを打ち捨ててルデクに戻ったら、、、周囲はどう思うか?」


 グランツ様の言う通りだ。第10騎士団は余裕を見せながら進軍しなくてはならない。そしてレイズ様が健在であれば、奪った砦を放置するなどあり得ない。


 第二騎士団が制圧した小さな砦に関しては現在、最低限の兵士を入れて降伏兵を監視しているけれど、僕らが完全に撤退すればどのような行動に出るか分からない。


 このヒースの砦にレイズ様の側近として名も知られるグランツ様がいることは、周辺の降伏した砦に対しても絶大な意味を持つ。


「ロア、あんたの負けよ。ここはグランツ様に任せましょう。それに、、、」


「それに?」


 僕の質問にラピリアは軽い蹴りで返す。


「ちょっとは考えなさい。グランツ様は”あの方”の眠る場所を荒らされる可能性があるのが許せないのよ」


「ああ、、、、」


 僕はまだまだだなぁ。


「分かりました。よろしくお願いします」


 決して楽な選択ではない。時間が経てば第四騎士団の援軍も期待できるだろうけれど、僕らの一存では無理だ。それこそ王の許可がいる。


 もしかするとネルフィアなら心得てくれているかもしれないけれど、ネルフィアが王都にたどり着くにはまだまだ時間がかかる。


 つまりゴルベル北部の制圧した領地全てを、グランツ隊の2千と各砦に配備したわずかな兵で守らねばならない。


 いくらゴルベルが弱体化しているとはいえ、どう考えてもここは死地だ。下手すればルデクに向かう僕らよりも危うい。


 本来の遠征ではもっと時間を使って制圧していった地域だ。ここに来て無理が出始めている。


 けれど、グランツ様は承知の上で、自分が残ると言ってくれているのだ。


 これ以上は僕が余計なことを言うべきではない。


「何、別にあのお方の後を追うつもりではない」


 僕のわずかな懸念を読み取ったのか、グランツ様はあの夜以降、ようやく顔を少しだけ緩める。


「お前たちが早々にルシファルを片付け、こちらに兵を回せば済む話よ。。。。待っているぞ」



 僕は深くグランツ様に頭を下げると、再出発のため早々に政務室を後にした。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「キツァルの砦が見えた」


 ヒースの砦とキツァルの砦はゼッタ平原を挟んで対峙している。それぞれの砦から視認できるような距離ではないが、さほど時間はかからないことは分かっていた。


 それでも実際にキツァルの砦を目で確認すると、ルデク領へ戻ってきたという気持ちが強く湧き上がる。遠征としては短い期間かもしれないけれど、あまりにも色々な事があった。


 けれどキツァルの砦に立ち寄って一息つくつもりはない。予定通り双子に説明を任せて、僕らは砦の横を駆け抜ける予定。



「おいロア」


 声をかけてきたのはメイゼストだ。なぜか一人。


 常に二人でいる双子が、一人でいると違和感がすごい。


「ユイゼストはどうしたの?」速度は緩めずに僕は聞く。


「お前らの再出発の準備中に、先に出た」


「そうか。じゃあ打ち合わせ通り、第四騎士団の説明は任せたよ」


 僕がそのように返すと、メイゼストは「違う」と言う。


「何が違うの? もしかしてメイゼストだけ僕らと同行するとか?」


 一人残ったと言うのはそういう意味かと思った。


「それも違う。ロア、キツァルの砦に寄れ」


「言ったとおり、急いでるんだけど、、、、」


「急いでいるから、砦に寄れと言っている。聞かないと損をするぞ」


 強情なメイゼスト。僕はウィックハルトに視線を移す。


「わずかな時間であれば問題ないのでは?」


 ウィックハルトの後押しもあり、僕らはほんの少しだけ予定を変えてキツァルの砦へ馬首を向けた。




「来たか」

「待たせた」



 キツァルの砦では、大きな西門が全開に開かれており、その真ん中でユイゼストが腕を組んで待っていた。


 双子はやっぱり2人でいる方がしっくりくるなぁ、、、などと思っている場合ではなかった、城門の向こうには驚くべき光景が広がっている。


「軍馬!?」



「ボルドラスに軍馬を出させた」

「第四騎士団の軍馬を全部貸してやる」



「それは、、、助かるけれど、、、一体どうやって、、、」


 ユイゼストが先行したと言っても数時間の差だろう。ボルドラス様に状況を説明するだけで終わる程度の時間だ。



「説明などしていないが?」

「すぐに砦にある軍馬を全て連れてこいと言った」



 相変わらずめちゃくちゃだけど、ものすごく助かる。リュゼルやフレインの指示で馬が潰れないように行軍してきたけれど、個体差で疲労の大きな馬もあった。


 それに、単純に騎兵が増えるなら歩兵と切り離して騎兵のみ先行も可能だ。


 けれどよくボルドラス様が聞き入れたものだな。本当にボルドラス様に許可もらったんだよね?


「ロア殿!」


 僕が少し不安を覚えた直後、軍馬の合間からボルドラス様が駆け寄ってくるのが見えた。慌ててアロウから降りようとすると、「そのままで結構!」と声を張りながら近づいてくる。



「ボルドラス様! これは一体、、、!?」


「その台詞はこちらが使いたいところですが、、、」と苦笑するボルドラス様。至極もっともだ。


「ボルドラス、軍馬の用意が終わったら第四騎士団の半分をヒースの砦に向かわせろ。人手が足りなくてグランツが困っている」


「それからルファや、傷兵を置いていくから面倒を頼む」



 どちらが上官かわからない物言いに、流石にハラハラしながら状況を見守っていたけれど、ボルドラス様は怒るでもなく僕へと顔を向けてくる。



「、、、、とにかく火急の事態である。そう言うことですな」



「はい」



「、、、、、分かりました。後のことは任せて、先へ! おい! 軍馬を第10騎士団に! 騎乗できる兵士の分別は終わっていますかな?」


「え、、」僕の方が面食らう展開に、リュゼルが一歩前に出る。


「騎乗のまま失礼します。第10騎士団で騎乗できるものは私が把握しています」


「では、お任せします」


「はっ」リュゼルはラピリア隊や本隊の歩兵から、何人も呼び寄せる。


「え? リュゼルは全員の騎乗技術を把握しているの?」


「そんなわけないだろう、第10騎士団が何人いると思ってんだ」と呆れるのはフレイン。


「リュゼルは”乗れる”やつだけ覚えているんだ。馬バカだから」


 それでも十分にすごいけれど。


 リュゼルを中心にラピリアや他の部隊長も手伝って、急拵えの騎馬部隊が出来上がってゆく。



「ロア、あれは私たちの手柄だな」

「だから私たちが率いていいか?」



 多分ついてくるつもりだろうとは思っていたけれど、もしかして、このために?



 いや、今は双子の事を考えるのはやめよう。僕の手に負えそうもない。それよりもボルドラス様にお礼を言わないと。


「ボルドラス様、感謝してもしきれませんが、、、一体なぜ?」


「ユイメイはあの通り破天荒です。そして二人がこのように強引なことをする時、知る限りでは一度たりともその選択が間違っていたことはないのです」


 ユイメイへの信頼だけで、軍馬を全て吐き出して、持ち場を放棄してまでグランツ様の後詰めを行うのか。


 この人の柔軟さは本当にすごい。



「ルファ、後のことは頼んだよ」


 準備が調い、新兵や傷兵らと共にこの場に残すルファに、ボルドラス様への説明を託す。


「うん。必ず勝ってきてね」


「もちろん」



 僕の言葉を聞いてから、ルファはディックに頼んで肩車してもらい、兵士たちを見渡す。



 そうして第10騎士団全員に向かって



「運命の女神ワルドワート様のご加護を!!」と両手を広げた。



 ルファの祝福を受け、大きな歓声は第10騎士団どころか、第四騎士団からも上がり、大地が揺れる。




 こうして僕らは第四騎士団に見送られて、再び行軍速度を早めるのだった。



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― 新着の感想 ―
え…? ちょ…! ボルドラス様、人としての器デカ過ぎませんか? 巨人の茶碗かよ。
ボルドラス様に一生ついていきたいです!!柔軟な考えの持ち主すぎます>_<
[一言] ルファちんがいいとこ持ってった〜♩
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