【第178話】レイズ=シュタインの一手19 報、届く
「レイズへの”土産”は、無事に届いたようです」
その言葉を聞いたサクリは、彼にしては珍しく手を叩いて喜んだ。
「くく、くくく! ようやくレイズが死んだぞ! ムナールよ! 私の策をことごとく邪魔してくれた、あのレイズ=シュタインが死んだぞ!」
長くサクリの側にいるムナールからしても、ここまでのはしゃぎ様は記憶にないように思う。
「私の置き土産があの男を殺したのだ! やはり、レイズ=シュタインより、私の方が知恵は上だったと言うことだ! そうであろう!? ムナールよ!」
「そうですね。ですが、まだ第一報。喜ぶには早いのでは?」
どの様な時でもムナールの対応は変わらない。サクリに仕えている訳ではないのだ。忖度せず、ただ淡々と事実を告げるばかりである。
けれどサクリは聞いていないようだ。理解はできる。ゴルベルを操りルデクを削るために長い時間をかけたのに、その悉くをレイズに阻止された。鬱憤も溜まっていたであろう。
「兄上に伝えに行こう」
ひとしきりレイズを貶め、満足したサクリが椅子から立ち上がる。
「、、、、」
ムナールは是とも否とも答えない。言っても無駄だからだ。
「兄上もお喜びになるに違いない! ムナール、留守を頼む!」
意気揚々と部屋を出てゆくサクリの後ろ姿を黙って見つめる。
パタン。
完全に扉が閉まり、ムナール一人になった時、ムナールは小さく息を吐いた。それは本人にとっても無意識のこと。
ムナールはしばらくは開かぬであろう扉を無表情に見つめる。
、、、、、滑稽、、、、と言うのが適当であろうか?
、、、いや、いじらしい、、、、か。
あの方の掛け値なしの賞賛、それをサクリが受けることなど、おそらくは無い。
この先も、永遠に。
なんと歪な兄弟か。
あの方の命でサクリの監視についているムナールであっても、流石に僅かな同情を禁じ得ない想いであった。
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「、、、、そうか。分かった。下がれ」
サクリの報告を聞いた、法衣を纏った痩身の男はそれだけ言うと机の書類へ視線を戻す。
「、、、、」
退出しないサクリに気づくと、再び視線を上げ
「なんだ?」と聞いた。
「あの、、、兄上、、、」
サクリの言葉に眉を顰めるも、そのまま少し考え
「弟よ、良くやった。もう下がれ」
そのように言い直す。
それだけでサクリは嬉しそうに顔を緩めると、今度こそ退出していった。
完全に扉が閉まった後、法衣の男は懐から高価な刺繍の入ったハンカチを取り出すと、口元を拭った。
それはまるで、先ほどの言葉そのものが穢れだったかの様に。
ひとしきり口元を拭ったハンカチは、そのまま丸めて屑入れに投げ捨てられた。
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その一報は程なくしてルシファル=ベラスの耳にも届く。
報告したのはヒーノフである。
「間違いはないのか?」
「あの者が指示通りに毒の刃を使っているのであれば」
「、、、、そうか。万が一ということもある。情報は集めておけ」
ルシファルの言葉に、ヒーノフは僅かに眉を寄せる。自分の報告が信用できないのか、言外にそのような気持ちが込められていた。それでもヒーノフはすぐに切り替え「畏まりました」とだけ口にした。
「あの、レイズが、、、、死んだか、、、、」
「やはり思うところはありますか?」
ヒーノフの言葉にルシファルは目を細め、「いや、何もない。驚くほどに、なんの感慨もない。まるでレイズがまだ生きているみたいだな」と、ルシファルにしては珍しい軽口を叩く。
「お戯れを」
「そうだな。それで、第二騎士団はどうした?」
「そちらはまだ、報告は来ておりません。私があの場にいたのは、レイズが倒れたところまでですので」
「、、、まぁ、急がずとも報告が上がる、か。精々私のために働いてもらおう」
「あのような不確かな者どもをまだ使われるのですか?」
「適当なところで死地に送る。それまで敵対しなければ、それで良い。それよりも、そろそろ第九騎士団の方は、どうだ?」
ルシファルの言葉に、ヒーノフは「上々です」と簡潔に答える。
「ならば頃合いだな。第二騎士団が戻る前に始めてしまうか?」
「はっ。その方が宜しいかと」
ヒーノフは第二騎士団を信用していない。あの様な者達、居なくても策は成ると信じている。
「よし。では、準備を進めよ」
「はっ」
第一騎士団はついに、ルデクと訣別の時を迎えようとしていた。
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ホックさん達と別れ、先を急ぐ僕らの前に見えてきた砦。ゴルベルの北の要、ヒースの砦だ。
「どのくらいの兵がいるんでしょうか」新兵のレニーが不安そうに呟く。
「ホックさんの話だと、ファイス将軍の部隊は南へ去っていったらしいから、万は超えないと思う」僕が答えても、レニーの顔色は悪いままだ。
急がなければならないけれど、急ぐと焦るは違う。
僕は一度大きく背伸びをして空を仰ぐ。
ルデクの運命を握るヒース砦の攻略戦、それは人知れず、既に始まっているのだ。




