【第160話】レイズ=シュタインの一手② ルシファルの提案
「遠征に第二騎士団を参加させましょう」
そのように提案したのは第一騎士団、騎士団長ルシファル=ベラス。僕の天敵。
ここは城の一角にある部屋。部屋にはまず、僕ら第10騎士団からレイズ様、グランツ様、ラピリア様と僕。
第一騎士団からはルシファル=ベラス以下、2人の側近。
さらにゼウラシア王とゼランド王子。ネルフィアと事務方の長、外交の長であるサイファさんの姿もある。
今日は大遠征作戦の打ち合わせの日だ。
何せ、一度他国の領内に入り、そこから敵国へ奇襲するというルデクの歴史上でも類を見ない策である。
ゴルベルに情報が漏れれば全てが台無しどころか、孤立必至となるため、現段階で詳細を知る人間は厳密に選定されていた。
今日の舞台には、その中でも軍事的な発言権を持つ人達が集まっている。
僕から言わせれば、ルシファルがいる時点で機密も何もあったものでは無いのだけど。
第10騎士団の中隊を預かる身とはいえ、集まった顔ぶれの中では明らかに新参で格下の僕が同席する理由は、ゼランド王子の側近である部分が大きい。
故に、座席も第10騎士団と同じ場所でなく、ゼランド王子と隣り合わせで末席に座っている。
ゼランド王子は流石に緊張した面持ちながら、会議冒頭から一言一句聞き漏らさないようにと、真剣な表情でやりとりを見つめていた。
そんな中でルシファルが今回の遠征に第二騎士団を同行させることを提案してきたのだ。
「しかし、それでは北部の守りが手薄になるのではないか?」疑念を呈したのはゼウラシア王だ。
「はい。ですので我ら第一騎士団が一時的に北部に。差し当たりオークルの砦に入って睨みを利かせましょう。我らがいれば、ゴルベルや帝国はもちろん、万が一リフレアに二心あった場合もそう簡単には動けぬかと」
「第一騎士団が? 王都の守護者を自負する貴公らが動くと」王は少し眉根を寄せる。
「はい。通常ではあり得ませんが、王国に差し迫った危機がなく、何より我が国にとって前代未聞の遠征となります。なれば、機動力があり柔軟性に富んだ第二騎士団に助力を請うのが宜しいかと」
「しかしそれだけでは第一騎士団が動く理由にはならぬのではないか?」
「単に消去法ですな。他に動ける騎士団がない。第六騎士団を動かしても良いですが、3方に睨みを利かせるのであれば、我らの方が適任と考えたのみ」
「うむ、、、なるほど。。。」
ゼウラシア王が考え込む姿勢になる。他の人たちも第一騎士団が動くことによる利点と問題点を考え始めたようだ。
一人僕だけは全く別のことを考えていた。
未来ではこの大遠征に第二騎士団が同行することもなかったし、第一騎士団がオークルの砦にも入っていない。
わずかな記録の中では、第一騎士団も第二騎士団も静観といった構えだった印象がある。
同じような提案がなされて、却下されたのだろうか? その歴史をなぞっているのか?
オークルの砦といえば、リフレアの国境近くでは一番大きな砦。そこに第一騎士団が入るというのはどうにも不気味だ。
何を企んでいるのか、と思うけれど、異論を唱えるにしても反対理由がない。
ここで僕が第一騎士団の裏切りを声高に訴えたとして、果たしてどこまで効果があるかわからない。
人は脅威に対して、実際に”それ”が起こってみないと危険を実感できないのだから。
「どうだ? レイズ」しばしの思案ののち、ゼウラシア王はレイズ様に意見を求める。
「狙いとしては悪くないかと。現在王都には第六騎士団もおりますので、そこまで守りが手薄になることもないでしょう」
レイズ様が同意したことで、第二騎士団の遠征同行および、第一騎士団の北方移動に対して具体的な話し合いへと移行する。
、、、、、やっぱり、僕の知っている展開とは微妙にずれが生じている。
わざわざ第二騎士団を付けてまで、第一騎士団がオークルの砦に向かう理由。
単純に考えれば反乱に向けてオークルの砦を占拠する下準備か?
いや、この遠征自体が早まっているのだ。もっと最悪のケースを考えるべきだ。
この場合最悪のケースとは何か。
僕らがゴルベル領内で戦っている間に、ルシファルが反乱の狼煙を揚げて、リフレアから兵士を引き入れて攻め込む。
さらに言えば、同行した第二騎士団が僕らの背後をついて、僕ら第10騎士団がゴルベルと第二騎士団に挟み撃ちにされる。
、、、、なくはない。けれど、少し違和感がある。特に第二騎士団の使い方に。
第一に、現在のゴルベルにそこまでの期待ができるのか?
ゴルベルが僕らに簡単に蹴散らされるようなことがあれば、いくら精鋭とはいえ、第二騎士団の総兵は第10騎士団の半分ほど。挟み撃ちどころか返り討ちも十分にあり得る。
レイズ様なら仮に第二騎士団が裏切ったとしても、うまく誘導して逆に第四騎士団と挟み撃ちにするくらいのことはやりそうだ。
まだ第四騎士団の立ち位置が分からないけれど。これまでの状況を見れば、第四騎士団はルシファル側では無いように思える。
そうだ、第10騎士団を足止めしたいのであれば、むしろ第二騎士団をキツァルの砦にとどめ置いた方が効率がいい。
現在第二騎士団は、第四騎士団と共にキツァルの砦でゴルベルに睨みを利かせている。
今回の遠征、帰還はゼッタ平原を通り抜けるのが一番早いのだから、第四騎士団がルシファルに味方しているならば第二騎士団と連携して、帰還途中の第10騎士団を叩いた方がいい。
ならば、やっぱり第四騎士団はルシファルの息がかかっていないのだろう。だからその手は使えなかった。
とすれば、第二騎士団は積極的な足止めというよりは、消極的な足止め?
ルシファルとて第二騎士団の戦力は無駄使いするようなものではないだろう。。。待てよ、別にゴルベル領内で第二騎士団が襲いかかってくるとは限らないな。
第一騎士団がオークルの砦で叛旗を翻し、慌てて戻った第10騎士団を、第一騎士団と第二騎士団で挟み撃ち。という可能性もあるのか。こちらの方がルシファルっぽいような気がする。
ルシファル=ベラスについてはなるべく時間を割いて調べてきた。優秀な人間で人気も高い。けれど、端々に見えるプライドの高さが浮かび上がってくる。
栄光と歴史に彩られた第一騎士団の騎士団長、ゆえにか泥臭いことには殆ど関わりたがらないというか、第10騎士団との関係性を聞いた後で振り返ってみれば、第10騎士団に押し付けている節すらある。
そんな性格のルシファルだ。第10騎士団の撃破はルデク滅亡の締めとして、自らの手で、なんて考えていそう。そうして自尊心を満足させそうな、、、あくまで勝手な想像だけど。
僕がひたすらに思考の海に沈んでいる間も、話は粛々と進んでゆく。
「ロア殿、どうかされたのですか?」
気がつけば、隣にいたゼランド王子が心配そうにこちらを覗き込んでいた。
「ああ、ごめん。なんでもないよ。ちょっと遠征について考えていただけ」
「そうですか。随分と深刻な顔をしていたので、、、」
いけないいけない。今はこの会議に集中しないと。
運命の日は、刻一刻と迫っていた。




