【第157話】ネルフィア
一般人立ち入り禁止の王家の保養地で、昼から始まった”釣った魚を焼いて食べようの会”は、ノースヴェル様の持ち込んだ酒によって早々に飲み会へと変わる。
主に海軍の人たちを中心に、大いに盛り上がりを見せている。
僕は一息つきたくて、喧騒から一人離れると、後からネルフィアがついて来た。
「どうしたの?」
「いえ。私も一息つこうかと思いまして」
それから二人して砂場を歩き、据え付けられた休憩場所へ。
「ネルフィアにはいい休暇になった?」
「ええ。お陰様で」
「全然休みをとれないのって、瓶詰め工場の絡みもあるの? それならごめん。余計な仕事を増やしちゃって」
僕の言葉にネルフィアはほんの少しだけ目を見開いてから、ふふふと笑う。
「いえ、瓶詰めはそこまで大きな負担ではありません。瓶詰めがなくても他のことで、主が何かとこき使うのですよ」
主、、、、ゼウラシア王のことだよね?
そこでも僕は、聞くならこのタイミングかなという思いに至る。
、、、、、、聞いてみるか。
「、、、、、ネルフィアは第八騎士団の人なの?」
僕の質問に、ネルフィアはあっさりと
「そうですよ」と答えた。
ほぼ確信に近かったけれど、やっぱりネルフィアは諜報部隊である第八騎士団だった。ただ、あんまりにもあっさりと認めたものだから、僕も少し面食らってしまう。
休憩所にあったベンチに並んで座った僕ら。少しの沈黙の後、僕が口を開く。
「僕から聞いておいてなんだけど、、、それ、秘密にしないとまずいんじゃないの?」
あえて”王の書記”であることを強調していたということは、第八騎士団の立場は裏の顔、そういう意味だと思っていたけれど。
「もちろん、通常であれば第八騎士団に所属するすべての人間は、第八騎士団であることを秘密にする義務があります」
「それじゃあ、、、」
「ただし、ロア様、あなたは別です。王から「聞かれたら答えてよい」と許可をいただいておりますから。もちろん、他言は厳罰の対象になりますのでお気をつけください」
「そりゃあもちろん言わないけれど、、、なんで?」
「今まで私が王へ報告した内容もあるかとは思いますが、おそらく、貴方がゼランド王子の直臣になったのが大きいかと」
、、、、なるほど、それなら理解できる。
「あれ? でも、それなら許可が降りたのは割と最近ってことだよね? こういったらなんだけど、ネルフィアにせよ、サザビーにせよ、結構前からあんまり隠すつもりがないように見えたけど?」
「お気づきでした?」とネルフィアはいたずらが露見した時のような笑みを浮かべる。
「まあ、、、確信したのはゼッタの大戦の時かな? サザビーが流言を請け負ってくれたんだ。しかも完璧に成功させてくれた。いくらなんでもアレは書記官の仕事を逸脱しているよ、、、」
「そうでしたか。まぁ、好きに動くようにとは言っておいたので」
「つまり、王の許可より先に、知られても良いと思っていたってこと?」
「そういうことですね」
「それだと騎士団の義務違反になるんじゃないの? 何か罰があるんじゃ?」
「さて、どうでしょうね、、、物事というのは、色々と抜け道があるのですよ」ふふふと微笑むネルフィアをみると、抜け道はいくつもありそうだなぁ。
「どうしてか、聞いてもいい?」
「、、、そうですね、、、今回の場合はあくまでロア様が気づくことができたら、という前提ではありますけれど、実は個人の判断で第八騎士団であることを明かすのは、そこまで珍しいことではないのですよ」
第八騎士団の義務規律、ガバガバだなぁ。
「一応補足しておきますが、第八騎士団の規律が緩いから、というわけではないですよ? 諜報や裏工作というのは時として一人では難しいことも少なくありません。そんな中で、自分が信用できると判断した相手に正体を明かすのは、ある程度黙認されています。ただし、もしその相手が裏切るようなら必ず自分で”始末”しなくてはいけませんが」
最後にサラッとなんか怖いことを言った。
「それじゃあ僕はそのお眼鏡に適った、と」
「そんなところですね。本来であれば、適当なところでサザビーに任せて、私は別の仕事をするつもりでしたが、貴方はなかなか目の離せない御仁でしたので。こう、何か、大きなことをやりそうな、、、、ですので、、、」
「何をやらかすかわからないから、しっかり手綱を握っておこうと思ったってところ?」
「そうですね。でも、もちろん貴方やロア隊が気に入ったという部分も重要な点ですよ」
ネルフィアのことを打算的だとは思わない。逆に僕も同じようにみんなを利用しようとしているのだから。ルデク滅亡回避のためなら、使えるものはなんでも使う。
そんな風に考えて、少し会話が途切れた後、僕はふとあることが気になった。
「、、、今、適当なところでサザビーに任せてって言ってたよね? それにゾディアの窓口もネルフィア。よくよく考えれば重要な場面でゼウラシア王のそばで書記をやっていたのは、ほとんどネルフィアだった気がする。もしかして、ネルフィアって第八騎士団の偉い人なの?」
「ロア様のそういう察しの良さは好ましいですね」
そう言ってベンチから立ち上がったネルフィア。
太陽がそろそろ沈む準備を始め、その色で海を朱く染める。
こちらを振り向いたネルフィアの表情は逆光でよく分からない。
「随分と名乗るのが遅くなってしまいました。第八騎士団長、ネルフィア=メノアと申します。以後、お見知り置きを」
彼女の言葉は夕日と共に海へと溶けた。




