【第155話】トゥトゥ
「では、この街でお待ちしていますので」
ゾディアとそんな挨拶を交わしたのはネルフィアだ。僕らがゲードランドから戻ってくる時に、一座のなかでゾディアだけが王都へ向かうそうだ。
用件はもちろんゼウラシア王と情報交換。交渉窓口を担当しているネルフィアの帰還に合わせてのことだった。
ただし、僕らと同行するのではなく、ゾディアはゾディア単独で別に移動する。
一緒に行けばいいのにと誘ったのだけど、色々な絡みで別行動の方が都合がいいらしい。そうか、ネルフィアが窓口なのはサザビーも知らないんだっけ。
それならいっその事、一座で王都へ移動してネルフィアを待てば良いのにとも考えたけど、旅一座ル・プ・ゼアはあまり近い街で芸を披露しないようにしているとのこと。
自分達の芸の売り方がはっきりしているのだ。
「それにルエルエには来たばかりです。まだ数日間は皆様に歌を披露させていただかないと。楽しみにしてこれから集まる方もいらっしゃいますから」
そういうことなら無理強いする必要はない。無理強いは自由を愛する旅一座には禁忌である。
というわけでルエルエを出発した僕ら。サザビーと新兵5人組は青い顔をしている。昨日は随分と飲んだみたいだ。僕の財布も軽くなっていたもの。
「酒の加減ができないで、急な出陣に耐えられると思うのか?」
厳しい言葉を投げかけるのはリュゼル。道中ずっとお説教である。なんでか一緒にサザビーも怒られている。
昨日遊び回った者たちの中で唯一元気なのはディックだ。リュゼルがお説教モードに入っているので、代わりに先頭を進む。
背後からディックを見習えと叱責している声が聞こえるけれど、ディックは多分酒はほとんど飲んでないんじゃないかな?
そうしてサザビーと新兵5人が二日酔いとお説教でぐったりし始めた頃、僕らはゲードランドへ到着した。
ザックハート様とルファのいつものやつは割愛。
僕らはルファをザックハート様の元へ残すと、海軍詰所へ足を向ける。
なお、ここで新兵とサザビーはギブアップ。早々に宿で休むため離脱。何しに来たんだか、、、
結局僕とリュゼル、ネルフィア、ディックの四人で市場を賑やかしながらのんびり向かう。
海軍の司令部は第三騎士団の詰所とは市場を挟んだ反対側にあった。建物の隣には、司令部よりも大きな船渠が悠然と佇んでいる。ドリューが一時働いていたのはここなのかもしれない。
司令部に入ると、潮の香りが一段階濃くなった気がする。すでに話を通してあったので、受付に声をかけるとすぐに奥へと通される。
「おう! こないだのゴルベル海域に出ばって以来か! 久しぶり、、、ってほどでもねえな!」
豪快な胴間声で僕らを迎えてくれるノースヴェル様。
「見事な部屋だな」リュゼルが思わずと言った風に溢す。
さして調度品に詳しくない僕でも目を見開くほど、整然とした部屋には高価な品々が嫌味にならない程度に飾られている。
豪快な見た目からは想像もできないほど、繊細で洒脱な部屋だった。
やっぱりこの人、本質的にはすごく細やかな人だよなぁ。
「まあ、座れや!」
言いながらノースヴェル様は手ずから紅茶の準備を始めてくれる。
部屋にふわりと広がる茶葉の香り。
「これは、かなりいい茶葉では?」ネルフィアが言うと、ノースヴェル様は嬉しそうに笑う。
「分かるか? 東方諸島産の極上もんだ。うちの野郎どもに飲ませても全く理解しねえからよ! 味のわかる奴がいると淹れがいがあるぜ」
と慣れた手つきで僕らの前にカップが並ぶ。
まずは一口。鼻腔を抜ける香りの中に、花のような柔らかな風味が含まれている。普段飲んでいる紅茶よりも渋みも強い。
お茶のことはさっぱりわからないけれど、ネルフィアやノースヴェル様が満足そうに目を細めているので、多分、美味しいのだろう。
ひとしきり紅茶を楽しむと、いよいよ本題。
「さて、と。それで、東方諸島で何を仕入れてほしい?」
前置きなしの質問がノースヴェル様らしい。
「トゥトゥという野菜は知ってますか?」
「トゥトゥ、、、、聞いたことあるような無いような、、、どんな野菜だ」
僕が簡単に説明すると
「ああ、それなら食ったことはあるな。別に普通の野菜だぞ。ちょっと甘くて煮込むとほくほくするやつだ」
「知っているなら話が早いです。そのトゥトゥの種が欲しいんです。持ってきたら育てられるような状態が理想なんですが、、、」
「なんだ? 農業でもやるのか? 儲けたいならもっと他にいいものがあるぞ?」
別に儲けるつもりはない。使えるかわからないけれど、これも一つの交渉カードにできるかもしれないのである。
「僕は子供の頃たまたま食べたことがあるんですけど、結構好きな味だったんで、ルデクで育てられないかなって思って」
それは嘘。僕が食べたのはもっと先の、今より先の未来の話。
「けど、東方諸島以外で育つか分かんねえぞ? ロアは知らねえだろうが、こことは全然気候が違う。全部腐って終わるかもしれん」
「まあ、その時は仕方ないので諦めますよ」
それも嘘。問題なく育つことを僕はよく知っているのだ。育ちすぎるくらいに。
「まあいいか、船主が欲しいってんなら持ってきてやるよ、そんなに難しい依頼でもねえしな。けど、そんなもんなら手紙でも済んだろうに」
「ノースヴェル様がトゥトゥを知らなかったら、何度も手紙のやり取りをしなければならないので、それなら直接きたほうが早いかなと」
「それもそうだな! そういう効率の良い考え方は好きだぜ! それじゃあ、これで依頼は確かに請け負った。あとは戻ってからのお楽しみだが、お前らはもう帰るのか?」
僕らが数日ゲードランドに滞在することや、他にも連れがいることなどを話す。
「ほお、海が初めてのやつもいるのか、、、、よし、それじゃあ明日、予定を空けられるか?」
「用事は済んだので大丈夫ですよ。ネルフィアはどう?」
「もちろん大丈夫です」
僕らの返事を聞いたノースヴェル様は満足そうに頷いて、
「よし、そんじゃあお前らを優雅な船旅に連れて行ってやるよ!」と、気軽な感じで僕らを誘うのだった。




