【第141話】十と10
「えっと、その話は私が聞いても良いのですか」
第10騎士団の部隊長が集まった打ち合わせの中で、少々困惑気味に発言したのはゼランド王子だ。
“その話”というのは、第一騎士団と第10騎士団の関係について。
第一騎士団と第10騎士団は仲が悪い。
普段の交流のなさに薄々そうかなと思ってはいたけれど、ここまではっきり言われると、ゼランド王子でなくても聞いて良かったのかと不安になる。
「問題ないと思いますよ。ゼランド王子もちゃんと騎士団の関係性は知っておいた方がいいですし、それに向こうが一方的に敵視しているだけなので」とラピリア様があっさりと言う。
「そうですか、、、」ゼランド王子はまだ何か言いたそうだったけれど、そこまでで引き下がった。
「、、、では、他に意見がなければここまでとする。解散!」
レイズ様の解散の宣言で打ち合わせは終了。それぞれ部屋を出て行こうとするところで、僕らロア隊は呼び止められた。
「ロア達には合同訓練の日程調整の手伝いを頼みたい。少し残ってくれ」と。
文官上がりの僕はこういう裏方仕事で重宝される。そしてロア隊は部隊長以外も呼び出されたのは、隊全体で僕の手伝いをしろと言うことなのだろう。
ある程度予想はしていたので、ロア隊以外のみんなが持ち場に戻る中、僕らは再び着席。何せ6つの騎士団が一堂に会する一大イベントだ。各方面への調整は欠かせない。その点においては第10騎士団の中で、僕がレイズ様の次に秀でていると自信を持って言える。
レイズ様と僕が中心となって、やるべきことを割り振ってゆく。この際なので同席したネルフィアにも働いてもらおう。
そうして昼食を挟んで綿密に打ち合わせ、ある程度役割が決まり、やれやれと肩を回したところで「レイズ殿」とゼランド王子が声をあげた。
「何ですかな? ゼランド王子」
「先ほどの第一騎士団と第10騎士団の関係について、もう少し詳しく聞いても構いませんか? 2つの騎士団はルデクの柱とも言うべき存在です。ちゃんと事情を知っておきたいと思います」
「なるほど、、、、」
少し考えを巡らせたレイズ様は、ゼランド王子を見て「わかりました、何が聞きたいですか」と、質問に答える姿勢となった。
「第一騎士団が、一方的に第10騎士団を敵視していると言うのは事実なのですか?」
「、、、少なくともこちらには含むところがなく、第一騎士団は折に触れて我々の存在を認めたがらない、と言う意味合いであれば、そうですな」
「先ほどラピリア殿も言っていましたが、その嫌がらせというのは?」
「細かいところでは色々ありますが、、、王子は第10騎士団がなぜ、十を使わずに10を使用しているかご存知ですかな?」
「、、、、知りません」
十と10に大きな違いはないけれど、ルデクにおいては比較的、正規の書類には昔から使われている十を、平時の書面や商売の場では、南の大陸とも共有できる10を使用することが多い。
「第一騎士団が強く反対したのですよ。第10騎士団はあくまで有事の際の臨時の騎士団であると。実際、第10騎士団の成り立ちはその通りなのですが、正規の騎士団となった今でも暗に臨時の騎士団だと言いたいようですな」
「、、、そうだったのですか」
王子の隣で聞いていた僕も密かに驚く。そんな初期から因縁があるのか。
「以来、第一騎士団にとっては第10騎士団は同格ではないという考えが根強いようです。例えば、第10騎士団で使用した様々な武器、それも第一騎士団から横槍が入りましてな、「騎士団らしからぬ邪道なガラクタを王都に置くのは如何なものか。王都の洗練された雰囲気にも合わぬ」と。そのため、それらの武器は我が私邸に引き取る羽目になりましたな。他にも事例をあげましょうか?」
「、、、いえ、結構です。良くわかりました。。。しかし、、、第一騎士団がそのような、、、」
難しい顔をするゼランド王子に、レイズ様がふっと穏やかな顔で続けた。
「実のところ私は、第一騎士団の気持ちもわからない訳ではないのですよ。王の親衛隊として誇りを持っていたのが第一騎士団なのに、王はわざわざ自前の騎士団をこしらえた。まるで自分達が軽んじられたように思ったでしょうな」
「しかしそれは!」
「ええ、仕方のないことでした。王は第一騎士団を軽んじた訳ではない。第一騎士団はあくまで王都を守護する王の親衛隊であり、安易に前線に投入するべき戦力ではない」
ゼランド王子の言葉を遮り、再び口を開くレイズ様。
「それは第一騎士団も分かっているのでしょうか?」
「おそらく頭では理解しているのですよ、だが、第10騎士団は瞬く間に大きくなった。兵数で言えばルデク最大の騎士団であり、各地での戦功も多い。それに伴い民の支持も厚くなってゆく。私が逆の立場であれば、やはり気持ちを完全に収めることは難しいかもしれません」
「、、、、良くわかりました。お話ししてくれてありがとうございます」
「いえ、ですので第一騎士団が悪、という訳ではないのです。そこだけは心に留めておいていただきたい」
「はい」
レイズ様と王子の最後のやりとりに、僕は思わず口を挟もうとして寸前で言葉を飲み込んだ。
もちろん第10騎士団との関係が全てではないかもしれないけれど、第一騎士団の裏切りの理由の一端が垣間見られた気がする。
「さ、では、この話はここまでといたしましょう。ロア、合同訓練の段取り、頼むぞ」
「分かりました」
「、、、、それからもう一つ。これはまだここだけの話としておきたいが、良いか?」
この場にいる全員の意思を確認してから、レイズ様の目が真剣みを帯びた。
もしかしたら、、、、、僕は一つ、心当たりがある。
「新兵の補充が終わり、雪が溶けたら、少々忙しくなるかもしれん。皆、そのつもりでいてほしい」
レイズ様はみなまで言わなかったけれど、僕は密かに、やっぱり起こるのか、という思いを胸に宿す。
僕の知る未来でゼッタ平原に並ぶ大規模な戦い、
後世にルデク最後の華々しい戦いと呼ばれた大戦が、静かにその時を待っているように感じていた。




