【第136話】王家の儀式⑤ 悪巧み
「それで、偽の帝国軍はどの辺にいて、どのくらいの数なの?」
「まだ少し南の方に3000ほど。呑気に屯しているので、何か合図を待っているのでしょう」
僕の問いに簡潔に答えるサザビー。なるほど、どこぞの騎士団の部隊長殿は、数だけは正確だなぁ。
「だ、、、大丈夫でしょうか?」
僕らと共に報告を聞いていた、領主のハルヴェリ様が顔を青くする。
気持ちはわかる。今この町にあるのはロア隊から厳選した1000騎のみ。相手はごろつきらしいとは言え3000。万が一王子に何かあればハルヴェリ様の家の立場も危ういだろう。
ただね。ここにいるのはロア隊の中でも”厳選した”兵が1000だ。中にはハクシャで僕と共に突撃した兵士もいるし、何よりあのゼッタを戦い抜いた中からさらに選りすぐった自慢の人達。
ごろつきが3000? ならこちらは500でもお釣りが来ると思うよ?
現に報告を聞いて顔色を悪くしているのはハルヴェリ様だけ。ゼランド王子ですら「ふうん」という反応である。逞しくなったなぁ。
ゼランド王子の護衛も考えないといけないなぁ。とりあえずリュゼルかフレインに500騎を任せて蹴散らしてもらって、残りの500騎でゼランド王子を守るのが無難かなぁ。。。。。いや、待てよ。
ここでサザビーからゼランド王子に視線を移す僕。
僕の視線に気づいてこちらを向いたゼランド王子が、身をのけぞるようにして少し後ずさる。
「ロア殿、すごい悪そうな顔をされています」とウィックハルトに指摘されてびっくりする。え? そんなに悪そうな顔してた?
まあいいか。それよりも、だ。
「ゼランド王子」
後ずさったままのゼランド王子が「な、、なんでしょうか」と、やっぱり少し怯えたまま答えたので、なるべく笑顔を意識しながら、僕は続ける。
「せっかくの儀式、少し彩りを添えませんか?」と。
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ジャーンジャーンジャーン
領主館の方から突然銅鑼がかき鳴らされ、王家の儀式を見物にきた人々の耳目が一斉に集まる。
「おい、あれ、見ろよ」
「なんだ? あれって王子様じゃねえか?」
銅鑼を鳴らしながら進む一団の先頭にいるのは、豪奢な衣装を纏ったゼランド。衣装は儀式に使用するために持ち込んだものだ。
騒めきおさまらぬまま、人々は道を開けてゼランドの勇姿を見送る。
先頭を進むゼランドは気が気ではない。何せ、このような体験は生まれて初めてなのだ。
兵を率いたのは、フレインに連れられた時の一度だけ。こうして人々に見られながらの行進など未知の体験である。
先ほどから心臓はバクバクと高鳴っているが、ロア殿が言っていた、いかなる感情も表に出すな、と。
しかしそれももう少し、もう少し進めば大通りの広場に出る。そこでもう一仕事すれば、私の仕事は終了だ。
王家の儀式を終えたら、私は公の場にも数多く出なければならない。このような場面はいくつもやってくるだろう。ならば、ロア殿や、ロア隊の面々をガッカリさせることはしたくない。それはとても怖い。
奥歯を噛み締めながら、私はなるべく涼しげな表情を装い、ようやく広場に辿り着いた。
手を上げて、部隊を止める。
私のすぐ横にはロア殿、ウィックハルト、リュゼル、フレインが並んだ。
私がもう一度手を挙げると、周辺の騒めきが水を打ったように静かになった。
私は、一度だけ息をひゅっと吸うと、なるべく大きな声になるように腹に力を込める。
「私はっ! ルデク王、ゼウラシアが長子っ! ゼランドである!! この町の近くに我らに仇なす賊徒が現れたと聞いた! だが、安心してほしい! この私が一軍を率い、すぐさま蹴散らして見せよう!! この地は我ら王族にとって神聖な場所である。それを汚すは万死に値するっ! 皆の者は動じる事なく過ごすが良い!」
私の言葉を聞いた人々は一瞬ポカンとした後、熱に浮かされたように大歓声を上げる。歓声は次々に伝播し、町全体が叫びを上げているように感じて鳥肌が立つ。
頃合いを見てロア殿が小さな声で「行きますか」と言った。私は頷き剣を抜く。
「出陣!!」
私の声で再び動き出したロア隊は、人々の歓声に後押しされるように、しっかりとした足取りで町を出る。
「ゼランド王子、お疲れ様でした」
ロアはのほほんとした顔で私を労うと、「ここからは僕らの出番です」と、頼りになる笑顔を向けてくれるのだった。
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「なんか、騒がしくねぇか?」
祠の町を遠巻きに眺めていたごろつきは、突然上がった銅鑼の音と歓声に首を傾げる。
「合図か?」
「いや、合図は狼煙だったはずだ」
「じゃあ、バレたのか?」
「けど、あの町にゃ最低限の兵士しか残ってねえはずだろ? 1000位って言っていたじゃねえか」
「なら問題ねえな。本当に何してもいいんだよな?」
「おい、まずは王子を殺せって言われてんだろ? 好き勝手するのはその後だ」
「あいよ」下卑た笑いが交わされる中
「おい、兵が出てきたぞ」と誰かが言う。
見れば明らかに自分達より少ない人数の一団がこちらに近づいてきている。
ごろつきたちはニヤニヤしながらそれぞれの得物を準備するのだった。




