【第133話】王家の儀式② 嫌味な貴族と王子と僕
王家の儀式の日になった。
4000の兵が一糸乱れぬ姿勢で並び、王と、その子息を眺める様は、壇上から見ればそれなりに壮観なものだろうなと思う。
ここは王宮の一角にある、出陣の儀式で使われる大きな広間だ。壇上のゼウラシア王が僕らを見渡し、一度咳払いをした。
「此度は我が息子、ゼランドの王家の儀式のために集まってくれて嬉しく思う! 出発は明日! 今宵はささやかながら宴の準備をさせてもらった! 存分に英気を養い、明日を迎えてほしい!」
王の挨拶に剣を高く掲げて、足を二度踏み鳴らすと、室内に足音が轟いた。その様子を見た王が満足げに降壇すると、立食形式の祝宴が始まった。
宴と言っても明日の朝には出発するため、多くの兵士は酒は控えめで食事の方へ注力している、ゆえにかもの凄い勢いで食事がテーブルから無くなってゆく。
4000もの兵士の食欲に負けじと、次から次へと御馳走が運ばれてきている様は、さながら戦争のよう。
僕がぼんやりとそんなことを考えていると、「ロア殿、ルファ殿!」と呼ぶ声が。人混みを縫ってやってきたのは宴衣装を纏ったゼランド王子。
「あれ? ゼランド王子? こんな所をうろついていてもいいの?」
「はい。僕が公の場でちゃんとしなければならないのは儀式が終わってからです。今日までは自由にして良いと父上から」
僕にそんな風に言いながら、ゼランド王子の視線はルファをちらちらと見つめている。
本日のルファはラピリア様の衣装を借りておめかししており、異国のお姫様のようで可愛らしい。
ちなみに今回の任務、ルファはディックと共にレイズ様預かりでお留守番なので、本来はこの会場には参加資格がないのだけど、ゼランド王子の要望によって特別に招かれている。
当のルファはもっきゅもっきゅとお肉を咀嚼中であり、あまりゼランド王子のことを気に止めていないのだけど。
それでもゼランド王子は満足げなので良しとする。
そのまま僕とゼランド王子が談笑していると、そこに割って入ってくる者があった。
「これはこれはゼランド王子、ご無沙汰しておりますな」
見れば、前髪をおでこあたりでくるんと巻いて固めた、なんとも奇妙な髪型の人物が立っていた。
デンタクルス=べローザ。センブリア公の息子で第九騎士団の部隊長の一人。今回の第九騎士団の指揮を預かっている人物だ。
なんというか、見た目からして鼻につく感じのデンタクルス。ゼランド王子はセンブリア公に嫌な思い出があるため。僕の後ろにすすっと隠れようとする。
「おおっと、王子ともあろうお方が、ちゃんとした挨拶もできないのですか? これは噂通り、、、いや、これは失礼」
と、やな感じで蔑んだ笑いを王子に向けた。それはいくらなんでも王子に失礼だろ?
「あのさ、、、」
僕がデンタクルスを止めようとすると、デンタクルスはこちらに視線を向けて物凄く不快そうな顔をする。
「なぁんだぁ、貴様は? どの家のものだ?」
「貴族ではないよ。ロア、第10騎士団の部隊長」
「貴族ではない? ならばなぜこの私に、べローザ家の者にそのような口を聞いているのだ? 無礼者が。斬って捨てるぞ!」
デンタクルスが大声を上げたため、周辺の兵士の視線がこちらに集まる。それを確認したデンタクルスは口角を上げて僕を指差す。
「そうだ、良い機会だからはっきりさせておこう。今回の任務、私が、このデンタクルスが取り仕切ってやる。ロアとか言ったな? 貴様は私に服従しておればいい。私がいう通りに動くのだ。そうしなければ、、わかるな?」
「何が?」
「物分かりの悪いやつだ。べローザ家に逆らえば将来には一切の希望がなくなるぞ? そういうことだ」
おお、ここまではっきりと脅してくると、逆に清々しいな。阿呆でなければ、こいつもしかして大物かもしれない。ま、それはそれとして。
「いや、実力のなさそうな部隊長には任せられないよ? それに格というならゼランド王子のがずっと格上なのに礼儀も知らない奴にはちょっと無理かな」
「なんだと!」
僕がべローザ家の名前に全く臆さないどころか気にもとめなかったので、デンタクルスは驚愕で目を剥きながら叫び、それから少し考えて「、、、、貴様はもしかして、べローザ家も知らぬ田舎者なのか?」と聞いてきた。
正直言ってべローザ家というのは割と最近知った。騎士団の英雄と関係の薄い、あるいは戦争に関係ない貴族は僕にとっては興味の対象外だ。
さらに言えば、僕は将来について脅されたところでなんの痛痒も感じない。僕の将来どころか、この国の将来が危ういのだ。まして、”その時”は刻々と迫っている。阿呆な貴族に付き合っている暇はないのである。
そういえば、今回の件、べローザ家が何か仕掛けてくるなら徹底的に叩いて良いってレイズ様が言っていたな。
レイズ様が許可を出したってことは、ゼウラシア王も承認したってことだろう。それなら徹底的に煽ってやろうかな?
そう思い立った僕は、呆れ顔のデンタクルスに笑顔で伝えてあげる。
「べローザ家なら知ってますよ。つい先日、送り込んだ王子の教育係を軒並み更迭させられた、落ち目の貴族ですよね」
周辺の人たちがざわりとどよめいて、僕らのやりとりに固唾をのむ気配が感じられる。
「、、、、、、、今、、、、なんと?」少し顔色が悪くなったデンタクルスが低い声で口にする。
「あれ? 違う家だったらすみません。てっきり、先日の失敗について、挽回の機会を欲しいと泣きついた貴族がべローザ家だったかと思ったんですが、、、別の方でした?」
「貴様、、、、」デンタクルスの手が剣の柄に触れる。
僕とデンタクルスがやりとりしている間に、僕の隣に来ていたウィックハルトが同じように剣に手をかけた。
「剣を抜いたら、余計に立場が悪くなるのでは?」僕の言葉に青を通り越して紫色の顔色になっているデンタクルス。
「なんの騒ぎだ?」
騒ぎを聞きつけたゼウラシア王が、レイズ様とラピリア様を伴ってやってくると、
「、、、、、なんでもありません」と言い、僕を睨んでから立ち去ってゆくデンタクルス。
ちょっとやりすぎたかなと思わないでもない。
けれど、スッとした顔のゼランド王子を見て、僕はまあ良いかな、という気持ちになるのだった。




