【第127話】フローレンシア①
名前、というのはその国の文化の一端だ。
例えば南の大陸には”護り名”という風習がある。これは言霊信仰の一種で、名前に付随させることでその人の無病息災を願ったり、栄達を祈る。
ルルリアで例えよう。帝国に嫁ぐ前の彼女のフルネームは「ルルリア=フェザリス=バードゥサ」これは「名前=家名=護り名」の組み合わせ。
僕らの国でも、南の血筋を色濃く残す第七騎士団長のトール様は、トール=ディ=ソルルジアと、やはり護り名が付いている。
少しかしこまった場で南の大陸の人と会った時は、ちゃんと”護り名”まで呼んで挨拶をすると喜ばれる。”護り名”を呼ぶのは、その人の加護に祈りを捧げるという意味合いがあるそうだ。
なのでルファも”護り名”を持っているらしいけれど、何故か教えてくれない。「自分で説明するには意味が恥ずかしい」と言っていたので、多分、可愛らしくなるようにとか、少し照れるような護り名なのかもしれない。
とは言ってもバードゥサにせよ、ソルルジアにせよ、南の大陸の古い言葉なので、僕にはどのような意味か全く分からないのだけど。
翻って僕らの住む北の大陸。こちらはもう少しシンプルだ。庶民は家名をつけないので、単に名前だけとなる。だから僕やディック、リュゼルなんかは家名を持たない。
家名を持つのは貴族や、ある程度力のある一族だけだ。一度家名を手にすれば、没落しても取り上げられることはないので、ステータスの一種として成り上がりの商家などは家名を名乗りたがるのである。
もちろん勝手に名乗って良いものではなく、国への功績などが認められた場合に、王から許可の降りる認可制なので、北の大陸において家名というのはその一族の大きな誇りと言える。
そのため、名前を呼ぶときに家名でだけで呼ぶことはほとんどない。家名だけだとその一族全体を呼んでいるような状態になるからだ。
例えば軽い冗談であったとしても、名前だけを呼ぶ場合と、家名だけを呼ぶ場合では意味合いが大きく異なる。前者では相手も笑って済ます内容でも、後者は一族をまとめて侮蔑していることになるため大問題となる。
家名を単独で呼ぶ場合といえば、例えば領主など一族の長に対して敬称として呼ぶ場合など。ウィックハルトの実家にお邪魔した際に、領主であるウィックハルトのお父さんを、ホグベック卿と呼ぶのは問題ない。
それ以外はやっぱり公の場で名前と一緒に呼ぶのが普通。つまり日常において家名を呼ぶ事自体非常に少ないのである。
ちなみにルデクの王家の家名はトラド。王都の名前がルデクトラドなのはそのためだ。
ただ、僕らの国の文化では、王家の家名を呼ぶのはあまり好ましくないとされるため、王や一族をフルネームで呼ぶ者は少ない。
さて、僕がこんな話を長々としているのは、今回の一件がいかに非常識で突飛だったかを分かってもらいたかったからだ。
非常識で突飛といえば、僕の友人の中で、彼女を置いて他にない。
奇人ドリュー。
彼女こそ、フランクルト=ドリューが頼ろうとしていたフローレンシアその人であったのだ。
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「え!? じゃあドリューってドリューじゃなくて、フローレンシア=ドリューだったの!?」
驚きの声を上げたのはラピリア様だけど、その場にいたほぼ全員が同じ驚きを共有していた。レイズ様ですら困り顔でドリューを見ていたので、どうやら知らなかったようだ。
フランクルトを連れ、王都に帰還した当初、すでにフランクルトのことは首脳陣の中で話し合いが進んでいた。
その中で「フランクルトから、王都に勤めている親族に保証人になってほしいと言う話があったから、まずはそのフローレンシアと言う者から話を聞こう」となった。
けれど、いくら探せどフローレンシアなる士官が見当たらない。
結局僕らが到着するまでフローレンシアは見つからず、フランクルトから直接事情を聞くために、ひとまずレイズ様の元へ集まった僕ら。
「フローレンシアは私の本家筋にあたる商家の娘で、実家を飛び出して王都で文官をしていると聞いていたのですが、、、」フランクルトが困惑しながら説明した内容、僕というか、その場にいた多くの人が「んん?」と首を傾げる。どこかで聞いたことのある話だ。
レイズ様が「その商家の名は?」との質問に「ベクスター商会」との返答が返ってきたところでレイズ様が手を額に当てて天を仰ぎ「、、、、、ちょっと誰か、早急にドリューを呼んできてくれ」となり、ラピリア様のセリフに繋がるのである。
連れてこられたドリューは不機嫌そうに「今良いところだったんですけど!」と頬を膨らませており、「おお、フローレンシア! 幼い頃に会って以来だが、面影は残っているぞ!」と両手を広げるフランクルトを見て、「誰です?」と言い放つ。
その後青くなったフランクルトが、あれこれとドリュー、、、じゃなくてフローレンシアの実家の話をして、フローレンシアに自分の存在を思い出させようとして、「ああ、そんな人いましたね」と言う言葉をどうにか引き出したところで、フランクルトとフローレンシアはあらためて事情を聞かれるために、レイズ様によって連れて行かれた。
残された僕らは、ただただキョトンと2人の後ろ姿を見送るばかりなのであった。
このお話はさっとまとめたかったのですが、一話で収まりきらなかった~。
もう少しだけ、ドリューが名前を名乗っていなかった理由にお付き合いくださいませ。




