【第122話】帝国騒動⑨ そしていつものあの店で
ルデクトラドで待機すること4日。じっとしていることが苦手なルルリアが我慢ならなくなった。
無理もない。滞在中希望があれば遠慮なく言えとゼウラシア王から許可を得ているものの、厳密に言えばツェツィーたちはお客さまではない。
敵国の使者なので、当然王宮内の行動は制限される。騎士団周辺に近づく事などもってのほか。ウロウロするにはこれほど適さない場所もない。
ツェツィー達も自分達の立場をわかっている。ゼウラシア王に啖呵を切ったルルリアでさえ、わがままを言うのは控えていた。
「それでもこれじゃあ息が詰まっちゃうわ! せめてみんなと料理でもできれば良いのに!」
なるべく顔を出すようしている僕らに、ルルリアから愚痴がこぼれる。実は料理に関しては打診してみたのだけど、色好い返事はもらえなかった。
ルデクとしても万が一食材に不備があり、ツェツィーが倒れでもしたら一大事。毒殺を狙ったと言われかねない。「食べたいものはなんでもご用意致しますので」と、やんわりと断られたそうだ。
「我が国の気遣いが至らず、申し訳ございません、、、、」
ルルリアの愚痴にしょんぼりするゼランド王子。
「あっ、別に本気で言っているわけじゃないの! 敵国の使者をできるだけ歓待しようとしてくれるルデクには感謝しているのよ」
ルルリアも慌ててフォローを入れる。ツェツィーと仲良く成ったことで、ルルリアにとっても弟のような位置に収まったゼランドには弱い。
ゼウラシア王にあれだけ堂々としていたのに、ゼランド王子にはすごくオロオロしているのは少し愉快な気がする。
「あら? ロア、随分楽しそうね? 何か素敵な考えでもあるのかしら?」
しまった、僕に矛先が向かってきた。とはいえ、いい考えなんか、、、、あ。
「あ」
思わず声に出てしまう。
「何? 何か思いついた? ほら早く言いなさいよ」ルルリアにせっつかれるままに思いつきを口にする。
「結局さ、僕らルデクとしてもルルリアやツェツィーに軍事関係の施設を見られるのが困るのなら、いっそ街に出ちゃえばいいんじゃないかなって思ったんだけど」
「街に? それこそ許可が降りないのでは?」ツェツィーがいうも、ゼランド王子が「意外にいい考えかもしれません」と返す。
現在ツェツィー達が王都にきているのは極秘中の極秘。ルデク首脳陣以外は知らぬ話だ。
ならば少なくとも市井にツェツィー達を狙うものは存在しないといえる。そして首脳陣に目を向ければ、今ツェツィー達を襲って帝国と険悪になることを想定すれば、全ての責任を負って首を差し出すリスクを覚悟の上で、なお襲うほどの利益が見当たらない。
「だから街に出るのはそれほど問題ないと思ったんだけど、どうかな?」
「ロア、貴方いつもそんなこと考えているの? 疲れない?」ルルリアに感心と呆れが混じった顔をされるけれど、正直ルルリアには言われたくないな。
一方のツェツィーと、ゼランド王子は同じ顔で僕に羨望の視線を向けている。君たち本当に兄弟じゃないよね?
「とにかく私が確認をとってきます! みなさんはゆっくりしていてください!」
軽快に駆け出すゼランド王子。
そしてすぐに戻ってくると「許可が取れました!」と嬉しそうに報告。
「じゃあロア! 私、美味しいものが食べたいの! お店の手配はよろしくね!」
「美味しいものならいつも食べてるじゃないか」
「わかってないわね、私はポージュみたいな感動を夫と共有したいの! 期待しているわよ!」
といわれても、僕に案内できるとすれば”あの店”しかないのである。
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というわけでいつものトランザの宿。
今回のメンツはツェツィーとルルリア、僕とウィックハルト、ディックとルファにリュゼルとフレイン。それから監視役のネルフィアにサザビーに加えて、ルルリアに誘われたラピリア様と、なんとゼランド王子も同席している。
知らない人が見たら「若い人は元気が良くて良いわね」くらいの感想だろうけど、後世の歴史家が見たらその場でひっくり返りそうな面子が揃った。
特に、流石にゼランド王子はどうかと思ったけれど、実はこれには理由がある。
ゼランド王子がツェツィー達の歓待役でいられるのはこの王都まで。
ゼランド王子は先ほど初めて知ったようだけど、これは最初から決定事項。ここから先は海路といえどゴルベル領へ侵入する。不確定な状況が増える上に、船の上では逃げ道もない。護衛対象は少ない方がいい。
ゼランド王子には悪いけれど、はっきり言ってしまえばここから先は足手まといなのだ。
話を聞いたゼランド王子は、出発元のゲードランドで待ちたいと提案したらしいけれど、そうなれば必然的に第三騎士団の手を煩わせかねない。結局、これ以上はゼランド王子の我儘になってしまう。
ゼランド王子も頭では分かっている。ただ、気持ちが納得しない。
そこで妥協点として落ち着いたのが、ツェツィー達が市井に出かける際は自分も同行させてほしい。というものだった。
ゼウラシア王としても、ここまで頑張ってきた王子の気持ちを無下にするのは憚られたのであろう。結果は現在同席している通りである。
「ゲードランドの食堂とはまた違った雰囲気ね」楽しそうなルルリア。
「あ! これはどんな料理ですか?」とディックに質問しまくるゼランド王子。
はしゃぐ二人に対して、ツェツィーは随分と落ち着いたものだ。
「ツェツィーは珍しくないの?」僕が聞くと
「もちろん珍しいですが、それよりもホッとする気持ちが強いですね」という。
聞けばツェツィーは、領主としてちょっとした集まりにもなるべく顔を出すようしているそう。なのでこういった市井のお店は慣れているのだとか。
領主としては、領民と本当に良い関係を築いていそうだなぁ。
そんな会話の横ではルファやラピリア様、それに監視なのになぜかワインを傾けているサザビーも巻き込んで、おおいに騒ぐルルリアとゼランド王子。
「、、、平和ですね」
ツェツィーがぽつりと口にする。
「そうだね」
「私は平和が好きです」
「僕もだよ」
僕はなんだか穏やかな気持ちのまま、騒がしい夜をゆっくりと楽しんだ。




