【第112話】ホグベック領⑦ 双子とトール様
トール様とユイメイの双子を囃し立てていた歓声が、すっと静まる。対峙するそれぞれの雰囲気が一段階上がり、それを観客が敏感に感じ取ったのだ。
ユイメイの武器は訓練用の一般的な刃のない槍。僕から見たら普通の棒だけど、トール様の獲物は少し違う。まず長さが通常の物より長め。腕くらいの長さが足されている。
そして何より特徴的なのは、その棒の両端にある留め具だ。本来であれば刃のある部分の繋ぎ目に取り付けられている。双頭槍を模しているようだ。
そんな風に見ていると、ユイメイが動いた。
数的優位を生かして二手に分かれるかと思ったら、揃ってまっすぐに突っ込む。
待ち構えるトール様は泰然自若。
一番先に手を出したのはメイゼスト。鋭い突きを繰り出すも、トール様は最小限の動きでその突きを躱す。そのわずかな動きに合わせてユイゼストが槍を横薙ぎにする。
トール様は自身の槍をユイゼストの槍を遮るように出し、その攻撃を防ごうとしているように見えた。トール様の動きに合わせて、鋭い突きを放ったばかりのメイゼストが、ユイゼストと逆方向から槍を滑らせる。
挟まれるように両側から狙われたトール様。ユイゼストの槍と自分の槍が交差する寸前、一瞬の判断で槍を引くと同時に、大きく背中を逸らして、2人の槍の軌道から逃れ、すぐに槍を下から振り上げた。
ユイメイの槍がトール様の胸のわずか上を通り過ぎる瞬間、トール様の振り上げた槍が2人の槍を跳ね上げる!
カチ上げられた双子の槍。思わぬ衝撃に双子も僅かにタタラを踏む。さらに2人の槍を跳ね上げたトール様は一転、高々と振り上げた槍を凄まじい勢いでメイゼスト目掛けて袈裟斬りに下ろした!
そのまま打ち据えられると思われたメイゼストをユイゼストが強引に引っ張り、かろうじて矛先をかわすと、トール様の槍がメイゼストの髪の先を掠って通り過ぎてゆく。
双子は互いに互いを引っ張るようにして、トール様から距離を取る。
たった一度の攻防で、息つく暇もないほどの動きだ。すごい、と言うよりも”異常"と感じるほどのせめぎ合いだった。
「ほお、これは楽しめそうだ」口元に笑みを浮かべるトール様には、まだ余裕が感じられる。
「準備運動はこんな物だろう」
「そうだな」
双子も肩を回して不敵に笑った。
固唾を飲んで見守っていた兵士たちから、再び歓声が上がる。
歓声に後押しされるように、再び動き始めたのはユイメイだ。先ほどと同じく揃って突撃を開始すると、今度はトール様も身構えた。トール様の動きを見たユイメイは前後に並ぶような仕草を見せる。
激突までもう少し、そう思った直後、通常の槍では届かぬ程の距離に、トール様から凄まじい速度の突きが繰り出された。通常より長い槍を限界まで伸ばした強力な一撃!
信じられないことに、その槍の先端をユイゼストが自分の槍の柄で防ぐ。それでも勢いまでは止めきれず、背後に吹っ飛ぶユイゼスト。そのユイゼストの肩を踏み台に、メイゼストが空中へ飛び上がってトール様へと襲い掛かかる!
完全に伸び切った腕と槍、槍の名手たるトール様もこれは避けられないと思われた瞬間、トール様は、わざと自分の槍の勢いに身を任せ、斜め前方へと体を回転させる。
先ほどのメイゼスト同様に、髪の毛一本に掠らせながら避けたトール様は、一回転した勢いのまま着地せんとするメイゼストの横腹に掌底を放つ! モロに食らったメイゼストは「ぐうっ」と低い声をあげながら床へと転がりのたうち回った。
「そこまで! トール様の勝ちとする!!」
フレインの宣言によって沸き上がる会場。
「ふにっ!?」
少し面白い声をあげて、今日一番の歓声に驚いたラピリア様が目覚めた。
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「部屋に戻って休んだ方がいいですよ?」そのように提案する僕に
「寝てないわよ?」と主張するラピリア様。
途中、僕の肩にもたれかかってスピスピいっていたけれど、なぜか絶対に寝ていたと認めないので、とりあえず寝ていなかったことにする。
僕らは双子とトール様がやり合っている訓練場を後にして、歓声を背中にぽくぽく歩いていた。
決着がついた後、双子はすぐに
「もう一回だ!」
「次は勝つ!」
と、トール様に再戦を望んだけれど
「やるのは構わんが、掌底が入った方は少し休んだ方がいい。思ったよりもしっかりと入ってしまったからな」と指摘され、横腹を押さえているメイゼストを指差す。
「大丈夫か? メイ?」
「めちゃくちゃ痛い」
「なんなら元気な方は、うちの騎士団の相手をしてやってくれ。おい! お前ら、あの”第四騎士団の双炎”と手合わせ願える好機だぞ! 希望するものはいるか!」
トール様の問いかけに、観客の中から何人かが訓練場へと躍り出た。
「上等だ! まとめてかかってこい!」
「ユイ、まとめては無理だぞ」
、、、とまぁ、そんな感じでしばらくはかかりそうだったので、僕らはドリューの様子を見るために途中退席。
審判役を務めていたフレインもお祭り騒ぎに巻き込まれて出てこれなかったので、僕とラピリア様、ウィックハルトだけで工房へと向かっている。
ただでさえ人の少ない砦内、みんな双子とトール様の騒ぎに集まっているので、他の場所は無人のような静けさが漂っている。
「あ、その建物が工房よ」
ラピリア様の案内で辿り着いた工房を覗くと、薄暗がりの中、奥の方で少しだけ揺れている人影が見えた。
「ドリュー?」
目を凝らしてみれば、ドリューがもそもそとパンを齧っている。髪の毛がボサボサで寝起きっぽい。
「ファ、ロア、ふぉふぉにふぁっとふぇきたので」
「いや、食べ終えてからでいいよ。何言っているか全然わからない」
それでも僕の方に手のひらを向け、何かを見せようとしてきた。
その手のひらを僕が覗き込むと、果たしてそこには、小くて見慣れぬ何かが転がっていた。




