【第108話】ホグベック領③ 献花
ハクシャ。僕にとっては忘れられない場所だ。
僕らは久しぶりにこの地に立っている。
川の向こう、山裾になっているゴルベル側にはうっすらと白いものが見える。その白い部分の終わりの辺りが、ナイソル将軍の兜が置いてあった場所だ。
誰も言葉を発することなく、川の向こうを見つめる。白い息が空へと消えてゆく。
しばらく見つめていた僕らは「行きましょう」と言うウィックハルトの言葉で、対岸へと迂回するために馬首を巡らせた。
「、、、しかし、よくまぁ、勝てたものだな」
僕の横に並んだフレインが口にする。振り返ってみれば自分でもよく勝てた、と言うか、よく生きて帰って来られたものだと思う。
ろくに下見もしていない場所を、真っ暗な中ひたすら下流へと逃げた。もしも何かしらの障害があった場合、馬の足を取られて転倒して終わり、と言う可能性だって十分にあった。
そんな中で必死になってしんがりを務めてくれたライマルさん。
今日、僕らはライマルさんたち、この場所で倒れた人々へ祈りを捧げにやってきた。
ウィックハルトは帰省したら必ず立ち寄ると決めていたそうだ。
ウィックハルトの実家、ホグベック領からハクシャまでは馬ならば1日あれば悠々戻ってくることができる。元々ウィックハルトが第六騎士団に仕官したのも、実家から近かったからと言うのが大きかったらしい。
かつて僕とリュゼルが奇襲のために迂回した、上流の橋から川を渡り、その場所へと辿り着く。
ゴルベル軍が去った後、ナイソル将軍の兜が置かれていた陣幕のあたりに、ライマルさんらは寝かされていた。
“その場所”に、それぞれ持ってきたマリュートの枝を供える。
花の季節なら花を供えたいところだけど、今は冬。マリュートは冬でも青々としており、葉の先のほうが橙に色づいている。まるで小さな花が咲いているように見えることから、この季節の花の代用品としてよく使われていた。
ここにいるのはドリュー以外の面々。ドリューは部屋にいると自分から辞退している。レイズ様が心配しているのは、ドリューが気がついたら餓死していることだろうから、無理に連れ回す必要はない。
最後に双子も粛々と枝をささげ、しばらく祈りの時間が続く。
「、、、、そろそろ行きましょうか。体が冷える」
ウィックハルトの言葉に、それぞれが帰還の準備を始めようとした時、
「おい、念の為構えろ」
「誰か来るぞ」
双子がモーニングスターを手に下流を睨みつけ、僕もそちらへ視線を移す。確かに3人、馬に乗ってこちらへ向かってくるのが見えた。
向こうもこちらに気づいたようで、徐々に減速してこちらを窺うような動きを見せた。
「どうする?」
「やっちまうか?」
「いやいや、無法者すぎるよ。。。。と言うか、あの髪の色、、、、」
くすんだ空に映える赤い髪。もしかして、、、第七騎士団の騎士団長じゃないか?
「トール様ではないですか!?」ひとまず僕は大声で呼びかけてみた。僕の呼びかけに手を振って返してくる。
「トール?」
「あの?」
「どのかは知らないけど、第七騎士団長のトール=ディ=ソルルジア様だよ。知ってるでしょ」
「ふうん」
「ふうん」
言いながら不敵な笑みを浮かべる双子。なんか悪巧みしてそう。
「ふうん、、て。まあいいや、とにかく合流しよう」
僕らがそちらに向かおうとする間に、トール様がこちらへやってきた。
「驚いたな、、、ロア殿、、だったな。それにラピリア殿にウィックハルト、第10騎士団の面々ということかな?」
「違うぞ」
「第四騎士団だ」
双子が即座に否定して、トール様が首を傾げる。ややこしくなるから黙っていてほしい。
「そこの双子は第四騎士団ですが、僕らは第10騎士団で間違いありません」と僕が簡単に経緯を説明する。
「なるほど、ラピリア殿が近々リーゼに視察に来るとは連絡が来ている。それで、、、今日は献花か?」トール様はウィックハルトに視線を移した。
「はい。それと、トール殿、後日砦に伺った時にと思っていたのですが、この度は迷惑をおかけいたしました」深々と頭を下げるウィックハルト。
「いや、謝罪には及ばない。貴殿の処分を聞いたときは随分と苛烈な、と驚いたものだが、、、元気そうで何よりだ」
「、、、そう言っていただければ助かります。私は自分の意志でロア殿の配下を望みましたので、今回の処分に不満はありません」
「、、、、そうか。ならばもはや、何もいうまい」
「ところで、トール様は何をしにこちらへ?」ラピリア様の言葉にトール様は片手に持っていたマリュートの枝を見せる。
「私も同じだ。年の変わる前に祈りを捧げておこうかと思ってな。それに、、、」
「それに?」
「いや、こんなところで立ち話もなんだ。貴殿らがリーゼに来るのは3日後だったな? では、その時にでも話そう。それまでは休暇であろう? ならばゆっくり休まれよ」
「そうですか。では、3日後、お世話になります」ラピリアの返事を切りに、この話は終了。トール様たちも僕らと同じ場所にマリュートを捧げ、しばしの祈り。
その後連れ立って下流の橋までやってきたところで、後日の再会を約束してトール様と別れた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
日が沈むまでにウィックハルトの実家に帰ってきた僕ら。
「ロア様! おかえりなさいませ! さぁ、温かいお茶をご用意しておりますわ!」と、セシリアの熱烈な歓迎を受けてタジタジになる僕。
ウィックハルトの話によれば、セシリア嬢は戦記物語が大好きで、故にラピリア様に大いに憧れていたそうだ。そして今回、双子とフレインによって、物語の中心人物のように語られた僕のことをすっかり気に入ってしまったらしい。
「うちの妹は美人でしょう? ロア殿なら私も文句はありません」と兄馬鹿ぶりを見せるウィックハルト。
確かにセシリアはウィックハルト同様に整った顔立ちをしている。
とはいえ、、、、、なぁ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
その夜、夕食後の歓談の時間が終わり、なんとなく外の空気を吸いたくなった僕はひっそりと外に出た。
手入れされた庭の隅にあるベンチに腰掛けると、胸いっぱいに夜の空気を吸い込んで息を吐き出す。空気は冷たいけれど、美味しい。
「あら、先を越されたわね」
後ろから声をかけられて振り向けば、ラピリア様がゆっくりとこちらにやってくるところだった。そのまま僕の隣に座る。
しばしの沈黙。
「、、、、セシリアは良い娘ね」
「そうですね。でも、、、」
「あら、何か気に入らないのかしら? あんな素敵な子に言い寄られて」
「良いお嬢さんだとは思いますけど、僕は今、全然そんな気分じゃないんで」
「へえ、どうしてかしら?」
今は、未来を切り開くために必死なのだ。この国の未来を。
「、、、秘密です」
「、、、、生意気」
「ラピリア様こそどうなんですか?」
「私は今、全然そんな気分じゃないのよ」
「、、、、同じじゃないですか」
「、、、、それも、そうね」
その後、僕らは黙って冬の空に瞬く星空を眺めていた。




