【第107話】ホグベック領② ウィックハルトの妹
僕らがウィックハルトに婚約者であるオーパさんのことをあれこれ聞いていると、「あら、お兄様、私のことは無視ですか」との声が。
見れば腰に両手を当てた、ウィックハルトによく似た娘さんがウィックハルトを睨んでいる。
「ごめんごめん、そんなに怒るなよ、こちらは私の妹です。セシリア、ご挨拶を」
「セシリア=ホグベックですわ。初めまして」
挨拶しながらも、視線はラピリア様一点に集中している。
「ラピリア様ですね、一度お会いしてみたいと思っていたのです! 色々お話を聞かせてください!」
キラキラした目で見られて、若干困惑気味のラピリア様。
「え、ええ。私も会えて嬉しいわ、セシリアさん」
「私のことはセシリアと呼び捨てにしてくださいまし! さあ、こちらへ! すぐにお茶を淹れますの!」
そんな二人のやり取りにウィックハルトが助け舟を出すかと思ったら、
「実は妹はラピリア様の大ファンなんです。いっときは「私も戦場に出たい」なんて言って両親を困らせるくらい。すみませんが相手をしてやってください」と苦笑する。
なるほど、と苦笑を返すラピリア様。
「おい、私たちは?」
「私たちにも憧れろ」
変なところで対抗意識を燃やした双子がセシリアに絡み、「え? え?」と引き気味のセシリアの両脇を固めるようにして
「戦場の話なら」
「私たちの方が凄い」
とのたまう。
「私もあの双子の話は興味があるから、ちょっとお話ししましょう。折角だから貴方たちも来なさいよ。ただし、ウィックハルトはちゃんとオーパさんとの時間を大切にしなさい」と言い、2人を置いてセシリアの後を追うのだった。
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その夜。夕食時の話題も双子とラピリア様の戦場での出来事に終始していた。お茶の時間では全然足りなかったのだ。
こう言う時、ご両親は息子の活躍を聞きたいものだと思うけれど、ハクシャの件があるから、かえって触れない方が良いのかもしれない。
話がひと段落したところで、ふとセシリアが「皆様はいつまでいらっしゃるの?」と聞いてくる。
「今日をいれて4日位の滞在予定だ」ウィックハルトが答えると
「4日? 短いわね、いつもなら7日はのんびりしているじゃない」妹が頬を膨らませる。そんな妹に微笑みながらウィックハルトが優しく説明。
「リーゼの砦を視察してから帰るんだよ」
元々はラピリア様の仕事だ。なので「あんたたちはそのままゆっくりしていなさい」と言われたのだけど、双子が興味を持ったことや、ウィックハルトが「私のせいで急な配置換えで申し訳なかったから、トール殿に挨拶しておきたい」と申し出たため、みんなで行くことになったのだ。
「えーーー、、、でもしょうがないか。明日からはどうするの?」
「天候次第だけど明日はハクシャに」
ウィックハルトがその名を口にすると、部屋の中に、というかウィックハルトの家族に僅かな緊張が走ったのが分かった。
ウィックハルトもそれを感じ取ったようで、殊更明るく言葉を続ける。
「手紙でも話した通り、私はもう騎士団長のことは自分の中で折り合いをつけているんだ。はっきりいえば人を束ねるのは向いていなかった。私のせいで死んだ者たちには申し訳ないけど、今、ロア隊の副長の立場には満足しているんだよ」
ウィックハルトの言葉に、それでも少し不満そうなのはセシリア。
「ロアさんは、、、そんなに凄いのですか?」訝しげな視線を僕に向けてくる。
「ロアはまあまあやるな」
「ああ、まあまあやる」
すぐそんな風に言ってくれたのは、意外なことに双子だった。
「ユイメイの2人が言う通り、今回のゼッタの戦いでもロアがいなかったら負けていたかもしれない」とはフレイン。
「それでは将来有望な将官様なのですか?」ウィックハルトの父上が詳しく話を聞きたいと、膝を乗り出してきた。
そこから話はゼッタ平原に切り替わる。食事しながらするような話でもないと思うけれど、その辺りは領主一族だ。肝が据わっているというか、皆気にせず食事も続けている。
主に面白おかしく話をするのは双子とフレイン。
ウィックハルトが体を張って成功させた離間策のくだりでは、みんな目を輝かせて聞いていた。
ちょっと身の置き所がないようにしている僕と、ウィックハルト。他人の語る自分達の活躍というのは大変気恥ずかしい。
ゼッタには途中参加だったラピリア様も、興味深そうに3人の話に耳を傾けている。ドリューはぼんやりしているが、食事には手をつけているのでとりあえずそっとしておこう。
食事が終わっても、ゼッタ平原の戦いの話は終わらず、夜が更けるまでその話で盛り上がったのだった。
ようやく話が終わり、そろそろ休みましょうかと言う空気になったところで、セシリアが僕のところへやってくる。
「ロア様! 素晴らしいご活躍でした! 私、とても感動いたしました!」
「あ、はい。どうも」
「それで、、、ロア様は、良い人はいらっしゃるのですか?」
「はい?」
「私、ロア様の伴侶に立候補してもよろしいですか!?」
「はい!?」
僕の後ろで、ほんの一瞬だけ苦い顔をしたラピリア。
けれど、僕がそれに気づくことはなかったのだった。




