【第104話】商人、ダス
ゆっくりと年の瀬が迫ってきたとある日。
フェザリスの外務大臣が年末の挨拶にやって来ていると聞いて、僕はそういえば手紙を渡すんだったと思い出した。宛先はもちろん帝国にいるルルリアだ。
流石に「反乱には巻き込まれませんでしたか?」とは書けないので、無難な感じに、その後いかがですか? おかげで道路工事に着手できましたといった感じのことを書いた。
手紙を持ってフェザリスの大臣に面会を願うと、すぐに出迎えられる。タールの輸入を進言した僕は、大臣からすればお得意様なのである。
「ダスさん、お久しぶりです」
「ロアさんもお元気そうで何よりですな」
フェザリスの大臣はダスと言う。見事な太鼓腹にターバンを巻いたその姿は、大臣と言うより商人と言われた方がしっくりくる。
それもそのはずで、ダスさんの本職は商人なのだ。
「我が国は内陸部にあるため、どうも海の向こうには疎くてですな、よく商売で北の大陸に来ている私に、お声がかかったというわけなのです」
そんな風に苦笑するダスさんの、隠しきれない庶民感。それは僕に取っては大変馴染みのあるものだ。何せ僕も生粋の庶民なのだ。
ダスさんからも僕に相通じるものがあったのだろう。僕らは比較的すぐに仲良くなった。
「聞いたところによれば、ロア殿は先日大きな戦いで大活躍なされたとか」
「僕がというか、僕の部隊が頑張ってくれました」
「ご謙遜を、、、それで、本日はどうされました?」
「実は、急ぎではないのですけど、ルルリア姫に手紙を渡してもらえないかと思って」
「手紙ですか? 、、、、失礼ですが、中身を拝見させていただくことになりますよ?」
「もちろんです。この場でどうぞ」
「では、失礼して、、、、、、なるほど、特に問題ありませんな。しかし、ありがたい話ではありますが、我が国の姫を随分と気にかけていらっしゃるのですな」
「そうですね。ルルリア姫がどう思っているかは知りませんけど、僕としては友人のつもりなので」
「ほほう。姫には異国に一人嫁ぐという重責を負わせてしまいました。ゆえにロアさんのような方がいてくれるのはフェザリスの民として大変ありがたく思います」と、ダスさんは頭を下げてくる。
「そんな大層な話ではないですよ」と謙遜すると
「では早々に姫にはお渡しいたします。年明けそれほどお待たせせずにお返事も持ってこられるかと」と言ってくれたので僕は慌てる。
「え!? そんなに急がなくていいですよ? 読んでもらった通り大した内容ではないので」
「ああ、いえいえ、この手紙のために姫の元に行くのではないのです。実はゼウラシア王に年末のご挨拶を終えたら、私はグリードル帝国へ向かう予定なのです。皇帝に新年の挨拶をして、姫の顔を拝見したら、またゲードランドに戻ってきて帰国の予定ですので、そのついでということです」
「あ、そういうことだったんですか。それならお願いします」
「ええ。お任せください」
そんな会話をして、僕から手紙を預かったダスさんは、言葉の通り程なくして帝国へと旅立っていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「暇だぞ」
「ロア、どこかに連れてゆけ」
「いや、僕は君らのお父さんじゃないよ?」
いまだに入り浸っている双子は、一向に帰る気配を見せぬまま僕の部屋でゴロゴロとしている。
「っていうか、年の瀬だよ? 帰らなくていいの?」
「良い」
「必要ない」
とあっさりとした返事が返ってきた。
「ロアは帰るのか?」
「なら私たちも連れてゆけ」
「なんでだよ。僕は身寄りがいないから、毎年宿舎でのんびり過ごすだけだよ」
「なんだ」
「同じか、つまらん」
とりあえず双子は放っておいて、ウィックハルト達に話題を振ることにする。
「みんなはどうするの?」
「俺は帰るぞ〜」とディック。
「すみませんが私も帰郷してきます」と少し申し訳なさそうなウィックハルト。気にすることはないのに。
「俺もだ」リュゼルも続き、最後はフレイン。
「俺は、、、、今年は良いかな」なぜかと聞けば、ラピリア様と同じ理由だった。フレインが帰ると親族が見合いの話を持って列をなすらしい。
「おいロア」
「無視するな」
双子は大人しく帰れば良いのに。
ちなみにルファは先日、ザックハート様の帰省に同行するため一足早く休暇に入った。ザックハート様の息子さんらに紹介するとのことだ。
ルファがいなくなったらゼランド王子がやってくる回数も減ったので、面倒なのは双子だけになったのは助かる。
「あの、それならロア殿、ユイメイのお二人も、それからフレインも、よければうちに来ませんか?」と、不意にウィックハルトが提案してくれる。
「ウィックハルトの実家ってどのあたりあるの?」
「うちはハクシャの方ですよ。小さな所領を王から預かっています」
「なんだ、ウィックハルトも貴族だったのか? 初めて聞いたが?」フレインに聞かれ「貴族を名乗るには恥ずかしい小さな地方領主です。フレインの家と比ぶべくもないですよ」
「そうなのか」
「なんでも良いから」
「連れてけー!」
焦れて癇癪を起こした双子に背中を押されるように、こうして僕らはウィックハルトの家にお邪魔することが決まったのである。




