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わたしとしては、色付きの塗り薬で隠すこと自体しつこく感じていて、もう完治として放置すればいいのに、と思うが、そうできないのが貴族である。あと、単純に、今日のわたしはジルに準備されるがままだったので、気が付いたら塗られていた、というのもある。
いくらもう大丈夫、と考えていたって、わざわざ塗ったものを落とすくらい頑固に思っているわけじゃない。
――……。
「えっ、もしかして、跡、目立ちます?」
わたしは思わず頬を触ってしまった。この場には鏡がないし、そもそもわたしには傷が気にならないレベルになっているから気が付かないだけで、実は色付きの塗り薬が完全に落ちて、周りからは跡が見えるようになっているのかも。
わざわざ声をかけてくれたくらいなのだから、それを指摘しにきたのかもしれない。
わたしが慌てていると、「……別に傷跡が目立つなんて言ってないだろ」とルナトさんに言われてしまった。
よかった。落ちているわけじゃなかったか。ホッとした。
わたしは頬を触っていた手を戻す。……確かに、指先にちょっと、素肌を触ったときとは違う感触が残っている。指先に何かついていることもないし、まだ、しっかりと頬に色がのっていることだろう。
「……じゃあ、もう、ほとんど治ったってこと?」
ルナトさんの言葉に肯定の言葉を返すと、「ふうん」と興味なさげに返された。そっちから聞いてきたのに……。
なんなんだ、と思っていると、ルナトさんが「あ」と声を上げた。彼の視線の先をたどると、第二騎士団の人がいる。彼は確か、厳しい性格の人だった記憶がある。あんまり会話を交わしたことはないが、ほんの二、三言、話しただけで、すごく堅苦しい印象を受ける人だった。
ルナトさんは、見つかるとヤバい、とでも言いたげな、少し焦った表情を見せる。
「それじゃあ、オレはもう行くから。アンタと違って暇じゃないし。……じゃあね」
そう言って、ルナトさんは仕事に戻っていった。……暇じゃないのに、わざわざ声をかけにきてくれた、ってこと? 本当にわたしを気遣ってきてくれた、とか――いや、どちらかというと、わたしの傷を心配してくれた、とか……?
相変わらず素直じゃないなあ、と仕事に戻っていく彼の背中を見ていると、周りが一気にざわめく。
なにごとだろう、と辺りを見れば、剣術大会の舞台となるのであろう場所に、一人の男性が立っていた。
――どうやら、ようやく大会が始まるらしい。
周囲のざわめきは、賑やかな歓声に変わっていった。




