121
アルディさんと婚約して、数か月が経った。
結婚、と言っても、わたしが侯爵家の人間だからそれなりに大がかりな式をすることになっているし、アルディさんが伯爵家の始祖として、屋敷を一から建てているので、前世のようにすぐ同棲、とはいかない。
それでも、結婚に向けて、一つひとつやることをこなして行くと、本当に今度はちゃんと結婚できるのだな、という気になる。
そして、わたしは今、再び第二騎士団の団長執務室の前に来ていた。ブラッシング係として、再任することになったのである。
アルディさん次第ではまたやれる、と言う話をしたら、是非来てくれ、と頼まれたのだ。
ただ一つ、前回とは違う条件が追加されたけれど。
わたしが執務室の扉を開けようとドアノブに手を伸ばすと、それより一瞬早く、扉が開いた。
その先に、アルディさんがいる。
急に扉が開いたことにびっくりしていると、「オルテシアが来たような気がして」とにっこり笑った。
婚約が決まってから、アルディさんはわたしのことを「オルテシア嬢」から「オルテシア」と呼ぶようになったけれど、未だに慣れない。一緒に住むようになるまでに当たり前になっていないと、心臓が持たないのは分かっているが、一向に平静を保てる気配がない。
「全く……他所でやってくれませんかね」
呆れたようなハウントさんの声が聞こえてくる。それにアルディさんが「副団長室がないのが悪い」としれっとした声音で返していた。
アルディさんが出した条件は、出勤日、誰よりも先にアルディさんのブラッシングをする、というものだった。獣化していないときはブラッシングというより、髪をすいて結ぶだけだけれど。
「オルテシアに触れてもらうのを独り占めしたい気持ちもあるから」と言われてしまえば、うなずくしかない。わたし自身、楽しいから苦でもなんでもない。
時間に余裕があるときは、わたしも髪をアルディさんにとかして貰うことがあるので、わたしが一方的にやっているわけでもないし。
ソファに座って準備ができたアルディさんの背後にわたしは立つ。
「それじゃあ、今日もお願いします」
そう言って渡されたのは、わたしがプレゼントした櫛だった。随分と大切に使われているらしいその櫛は、つやつやとしている。嬉しくなって、思わず笑みがこぼれた。
わたしが急に笑い出したからか、「どうかした?」とアルディさんがわたしに問うた。
「いいえ、なんでもないです。髪、触りますね」
あの日、前世の記憶を思い出して、出会ったのがアルディさんで良かった。
そんなことを思いながら、わたしは、彼の柔らかな髪に触れたのだった。




