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「貴方自身が、アルディさんたちに何かされたって言うの!?」
わたしの問いに、トルムさんは少しひるんだ様子を見せた。わたしの怒鳴り声程度でひるんで何も言い返してこないということは、特別、大きなわだかまりがあるわけじゃないのだろう。ただ、なんとなく、獣人が怖いだけ。
わたしはなにも、誰かの考えを否定するつもりはない。獣人の誰かになにかトラウマや恨みがあるなら、嫌いになるのも無理はない。それは分かる。
でも、何も知らないで、ただ毛嫌いするのには、同意できない。
だって、こんなにも、わたしは、わたしたちは獣人に守ってもらっているのに。
王城を守る第二騎士団は、ほとんど獣人で構成されている。
都合のいいときだけ、都合のいいように扱いすぎである。
「お、オルテシア嬢だって、顔に怪我をさせられたじゃないですか! 獣化した奴は、やっぱり危険なんだ!」
「確かに怪我をしたけれど、それはアルディさんが原因じゃないですから」
いい人もいれば、悪い人もいる。そんなのは、当たり前のことだ。ちょっと怪我をさせられたからって、人間全員を嫌いになったりはしない。それと同じこと。
「だいたい、あれはわたしがどんくさくいて転んだだけです」
運動神経がよければ踏ん張れた。多分。
「――お嬢様!」
――と、サギスさんが穴を通って、中に入ってきた。結構体格のいい人だから、穴を通るのに苦労したらしい。アルディさんも虎だから、あの穴を通るのは大変だったろうけど、そこは慣れの違いだろう。
アルディさんに加えて、わたしの護衛までやってきて、劣勢だと判断したらしい。トルムさんはやけくそになって、こちらへ突っ込んできた。
目的は、言うまでもなくわたし。
この場で逆転するなら、わたしを人質にするしかない。
――でも。
「ガアァッ!」
吠えたアルディさんが、上体を起こし、引っ掻くように前脚を振りかぶった。
「ひ――」
その迫力だけで、あっけなくトルムさんは気絶してしまった。
勢いがなくなったアルディさんの前脚は、ぽす、と、意識をなくして床に伏せったトルムさんの頭に当たった。音がほぼなくて、おそらく、小突くよりも痛くない。
見れば、爪だって、出ていない。
ちゃんと、怪我をしないように加減ができるし、言葉も、状況も伝わっているのだ。
アルディさんは、トルムさんが気絶したのを確認すると、今度はわたしの周りをうろうろし始める。この空気の中では、彼もつらいだろうに、そんな様子はみじんも見せていない。
「怪我はしていませんよ」
実際は足の裏が凄いことになっていると思うが、でも、少なくともトルムさんに何かされたことはない。顔や手の汚れは凄いと思うが、洗えば落ちる。
ほっとした様子のアルディさんの、頭を抱きかかえた。
「助けてくれて、ありがとうございました」
頭を撫でていると、「お嬢様」という言葉と、せき払いが聞こえてくる。
――つい、虎の姿だからすりよってしまったけど、これ、獣人の姿だったら、つまり……。
人間の姿をしたアルディさんに置き換えたら、とんでもないことをしていることに気が付いて、わたしはパッと慌てて離れる。
「は、早く出ましょう!」
わたしは照れをごまかすように叫んだのだった。




